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ざっくり言ってしまえばなんでもあり|2026年7月2日(木)

AM5時起床。「せっかく早く起きてるんだから、ダラダラSNSなんぞ見てないで、はよ始動せよ」と天の声。「ほ〜い」と渋々日記を書き始める。

自分が書いている文章は、どちらかといえば「日記」よりも「エッセイ」に近いだろうと思う。割合的には、「日記:4・エッセイ:6」くらいの要素で1つの塊になっている。なので、「エッセイ日記」や「日記エッセイ」なんて呼ぶのがちょうどいいのかもしれない。

「エッセイ日記」のような書き物のコンテンツを使いたい方(メディア)がいましたら、お気軽にご連絡ください。


「エッセイ」ではなく「日記」としている理由は、「もろもろのハードルを下げるため」に尽きる。「日記」としておくだけで、書きやすくなり、継続もしやすくなる。

「エッセイ」としてしまうと、どうしても「いいこと書かなきゃ」とか「オチを作らなきゃ」の意識が芽生えてしまい、肩肘の張った文章になりやすい。そして、変にカッコつけてしまったりもする。
これはこれでいいんだけれど、習慣的に軽い文章を書きたい場合にはちょっとしんどい。

その点「日記」は、ざっくり言ってしまえば「なんでもあり」だ。
タイトルは書いた日付だけでもいいし、ただ単に出来事を並べるだけでもいいし、短くても長くてもいいし、いいこと(有益なこと)を書く必要はないし、オチなんてなくてもいい。

実際にそうするかどうかは別として、精神的なハードルを下げられることはとても大きい。

そして日記は、「あらゆる文章形式につながる」という側面も持っている。
実際にphaさんの著書には、「エッセイの執筆依頼が来たら日記を見返してネタを探す」というようなことが書かれていた。


夕方。待ちに待った粗大ゴミの収集日を翌日に控え、部屋を圧迫していた布団一式を紐でくくってゴミ捨て場に運んだ。これをきっかけに、断捨離熱が高まりそうな気がしている。

依然として、押入れで「額」が幅を利かせています。
もし、部屋やオフィスに「ちょっとアートでも飾ってみたいな」という方がいましたら、お気軽にご連絡ください。作品の購入以外に「レンタル」も可能です。


夕食時。数日かけて食事の時間に細切れで観ていたW杯ブラジル戦の録画をようやく観終えた。
試合の感想はまた別の機会に書くとして、Keisuke HondaのSNSが話題になっている。

このタイミングではちょっと難しいと思うけれど、ぜひいつかやってみてほしい。野球でいうと、「新庄監督誕生」くらいのインパクトがあるんじゃないかな。



📔昨日書いた日記

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