親がくれた“映像”という宝物──僕が家族動画をつくる理由
1.すべては「映像が残っていたこと」から始まった
今、僕は「家族の想い出を1分の動画にする」という活動をしている。
スマホに埋もれてしまった写真や動画、
何気ない日常の一瞬を、ずっと残せるカタチに編集して届けている。
でも、そもそもなぜ僕がこの活動をしているのか。
それは、自分のルーツに、そして大好きだった「じーちゃん」にある。
2. まもるじーちゃん──僕の人生の原点
「翼」って書いて、“まもる”って読む。
今思えば、なかなか攻めた当て字だと思うけど、僕にとっての“まもるじーちゃん”は、世界一やさしくて、世界一おもろいじいちゃんだった。
じーちゃんは、僕のことが大好きで、毎日のように遊んでくれた。
近くの公園、遠くの動物園、マクドのハッピーセットも、一緒に選んだAセットのモーニングも。
巨人ファンで、ビール飲みながら選手の悪口言うのが趣味やった(笑)
自転車の練習で「絶対手ぇ離すなよ!」って言ってるのに、
ニコニコしながら離して、僕をぶちギレさせたり。
でも、そんな全部が、最高の想い出やった。
3. 愛をくれたじーちゃん
親は、当時では珍しく「家庭用カメラ」を持っていて、
僕のちっちゃな頃の姿を、たくさん撮ってくれていた。
一緒に行った遊園地では終始じーちゃんにべったり。
同じポップコーンを食べて、ジュースを飲んでなんてことのない風景。
弟と一緒にお風呂入ってる映像も残っていてどれも笑顔ばかり。
そしてなんだかんだ小さい頃から愛されていたんだと気づけたこと。
それが、僕の「原体験」になった。
4. 会えなくなった今も、映像の中で会える
親が離婚して、寂しくて仕方なかったときも、
じーちゃんは何も言わずに、長い時間ぎゅーって抱きしめてくれた。
不思議と涙が溢れていた僕に言葉じゃなく、心で会話してくれたじーちゃんの匂いや体温は今でも覚えている。
じーちゃんは、もう空の上にいる。
でも、映像を再生すると、あの頃のじーちゃんが、そこにいてくれる。
声も、仕草も、表情も、全部がそのまま残ってる。
「人はいつ死ぬと思う?」
「誰にも忘れられたときさ」
これはONE PIECEのセリフだけど、ほんまその通りやと思う。
だから僕は、今でもこうして、じーちゃんを想って泣くことができるし、
笑うこともできるし、感謝することもできる。
5. 僕が動画で「家族の想い出」を残したい理由
そんな原体験があるからこそ、僕は今、「想い出クリエイター」として活動してる。
普段何気なく撮った写真や動画って、実は宝物やと思う。
それをちゃんとカタチにしておけば、
10年後、20年後… きっと見返すたびに涙が出る。
何も特別な日じゃなくていい。
朝の寝癖、泣いた顔、笑った瞬間。
日常にこそ、人生の愛おしさが詰まってる。
6. 子どもに残したい、自分の愛情の形
今、自分にも娘ができて、
気づけば僕は、じーちゃんがやってくれたことをそのまま娘にしている。
同じように遊び、同じように話し、
気づけば、僕の子育ては全部じーちゃん仕込みだった。
僕が受け取った愛情のバトンを、
次の世代に渡していく。
その一つの形が「動画」やと思ってる。
7. さいごに
家族の動画は、ただの映像じゃない。
それは、「愛の記録」やと僕は思う。
これからも、
大切な人と過ごす時間を、
そのぬくもりごと、ずっと残せる形にしていきたい。
そして、誰かにとっての“じーちゃん”を、
未来の中でも、何度でも思い出せるように。

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