イノベーションを偶然から設計へ―価値共創のエコシステムへ―④ 【第3章】 経営とは、学習を設計する営みである
不確実性をマネジメントし、価値実現の可能性を高める
1. イノベーションの判断は、なぜ歪むのか
第2章で述べた通り、どれほど優れた制度や仕組みを整えたとしても、新規事業、すなわち「0→1」の本質が不確実性の塊であることに変わりはない。むしろ、制度が整えば整うほど、私たちはその不確実性を過小評価し、「マネジメントできるもの」と錯覚してしまう危険さえある。
私は長年、日本企業のイノベーションの現場に関わってきたが、その中で常に強い違和感を覚えてきたことがある。それは、明らかに市場環境が変化し、顧客価値が失われ、当初の前提が崩れているにもかかわらず、多くのプロジェクトが終了することなく延命され続けることである。本来であれば、仮説検証の結果を踏まえて方向転換や撤退を判断すべき局面であっても、組織は往々にして「どうすれば成功させられるか」という議論に終始し、「本当に続ける価値があるのか」という問いを後回しにしてしまう。
その背景には、サンクコストへの執着だけではなく、日本企業特有の組織文化も存在する。すでに投入した予算や時間、担当者の努力が大きければ大きいほど、人は冷静な判断が難しくなる。「ここまでやってきたのだから」「担当者が必死に頑張っているのだから」という思いが、合理的な意思決定を曇らせるのである。
さらに日本企業には、「一度決めたことは最後までやり抜くべきだ」という価値観が根強く存在する。そして、そのプロジェクトを支えてきた担当者の努力や情熱を無駄にしたくない、本人の気持ちを落としたくないという配慮も働く。その結果、仮説検証によって価値実現の見込みが薄れていることが明らかになっていても、撤退や方向転換の判断が先送りされてしまうのである。
しかし、不確実性の高い新規事業において評価すべきなのは、「どれだけ頑張ったか」ではなく、「どれだけ学習したか」である。過去に投じた資源は未来の価値を保証しない。どれほど多額の投資を行い、多くの努力を重ねていたとしても、その先に価値実現の可能性が見いだせないのであれば、継続する理由にはならない。
むしろ、仮説が間違っていたことを早く発見し、その学びを次の挑戦につなげることこそが重要なのである。イノベーションの世界では、途中で仮説が否定されることは失敗ではない。それは価値ある学習であり、不確実性を減らした成果なのである。
したがって、問題は個々の経営者の決断力や現場の能力ではない。問題は、組織がどのような基準で判断しているかという意思決定システムそのものにある。過去の努力や投資額を評価する仕組みではなく、仮説検証によってどれだけ不確実性を減らし、未来の価値実現の可能性を高めたかを評価する仕組みへと転換しなければならないのである。
2. 「成功の追求」という幻想を捨てる
既存事業において、計画を立て、その計画を着実に実行し、予定した成果を出すことは重要である。しかし、この成功体験がそのまま新規事業に持ち込まれると、組織は大きな誤りを犯すことになる。なぜなら、新規事業には最初から正解が存在しないからである。
多くの企業では、優れた戦略や事業計画を立案することこそが経営の重要な役割だと考えられている。いわば「戦略計画主義」である。十分な分析を行い、精緻な計画を策定し、その計画を着実に実行すれば成果に到達できるという考え方である。
しかし、イノベーションの世界では、そもそも成功の条件そのものが分からない。顧客が存在するかどうかも分からない。市場が十分な規模を持つかどうかも分からない。技術的に実現可能かどうかも分からない。そのような状況で作られる事業計画は、将来を予測した設計図ではなく、検証すべき仮説の集合に過ぎない。
その結果、組織は「仮説を検証すること」よりも、「計画の達成」に関心を向けるようになる。計画どおりに進んでいるかをチェックし、計画どおりに進めるための対策を議論する。一方で、その計画の前提となっている仮説が正しいのか、その事業に価値実現の可能性があるのかという、本来問うべき問いが後景に退いてしまうのである。
私が京セラでベンチャー投資を担当していた頃、シリコンバレーのベンチャーキャピタリストたちと交流する機会があった。そこで学んだことは、日本企業の常識とはまったく異なるものであった。彼らは投資先企業の成功を評価しているのではなく、不確実性の低減を評価していたのである。
シードステージの企業がシリーズAへ進み、さらにシリーズB、シリーズCへと成長していくたびに企業価値は大きく上昇する。その理由は、売上が増えたからでも、利益が出たからでもない。技術的な実現可能性が確認された、市場の存在が確認された、顧客がお金を払うことが確認されたというように、不確実性が一つずつ取り除かれていくからである。
つまり投資家が見ているのは、企業の現在地ではない。学習によって未来の価値実現の可能性がどれだけ高まったかなのである。ベンチャーキャピタルは十社投資したら十社とも成功するとは考えていない。むしろ多くの企業が途中で失敗することを前提としている。その上で、どの企業が学習を通じて不確実性を突破し、大きな価値を生み出す可能性を高めているかを見極めているのである。
この考え方は企業内イノベーションにもそのまま当てはまる。重要なのは成功率ではない。どれだけ学習が進み、どれだけ価値実現の可能性が高まったかである。イノベーション活動における真の成果とは、成功の数ではなく、学習の質と量なのである。
3. 不確実性を低減するイノベーションプロセス
では、その学習はどのように進めればよいのだろうか。ここで重要になるのが、イノベーション活動を偶然や個人の才能に依存させるのではなく、組織として再現可能なプロセスとして設計することである。
ISO56001では、イノベーション活動を五つのプロセスとして整理している。機会の特定、コンセプトの創造、コンセプトの検証、ソリューションの開発、そしてソリューションの導入である。この流れだけを見ると、従来の製品開発プロセスと大きな違いはないように見える。しかし、本質的な違いはその運用の仕方にある。
従来の開発プロセスは、計画された工程を順番に進めることを前提としている。一方、イノベーション活動では、仮説を立て、検証し、学習し、必要に応じて前の段階へ戻ることが前提となる。つまり、一直線に進むプロセスではなく、学習を中心とした往復運動なのである。

例えば、顧客課題を発見したと思っていても、実際に顧客と対話してみると、その理解が誤っていることがある。魅力的だと思った解決策が、市場ではまったく評価されないこともある。技術的に実現できると思っていたものが、予想以上に難しい場合もある。そのたびに立ち止まり、仮説を修正し、再び学習を進めることが求められる。
ここで重要なのは、前の段階に戻ることを失敗と捉えないことである。むしろ、それは価値ある学習の成果である。もし大規模な投資を行った後に間違いが発覚すれば、損失ははるかに大きくなる。初期段階で誤りを発見できたのであれば、それは組織にとって大きな成果なのである。
イノベーション・マネジメントの本質は、計画を管理することではない。学習を管理することである。重要なのは、今どれだけ計画通りに進んでいるかではなく、次の意思決定に必要な学習がどれだけ進んでいるかなのである。
4. 洞察の核としてのジョブ理論
イノベーション活動において最初に学習すべき対象は、解決策ではなく課題である。しかし、多くの企業はこの順番を逆にしてしまう。新しい技術やアイデアを思いつくと、すぐに「どう作るか」を考え始めるのである。
ところが、どれほど優れた技術であっても、解決すべき課題が存在しなければ価値は生まれない。したがって最初に問うべきなのは、「何を作るか」ではなく、「何を解決するのか」である。
この点を理解するうえで有効なのが、クレイトン・クリステンセンが提唱したジョブ理論である。ジョブ理論では、顧客は製品やサービスそのものを買っているのではなく、自らが達成したい目的を実現するために、それらを「雇用している」と考える。つまり、顧客が本当に求めているのは製品ではなく、製品によって実現される成果なのである。

例えば、人はドリルを買いたいのではない。壁に穴を開けたいのである。さらに言えば、壁に絵を飾りたいのであり、その先には快適な生活空間を実現したいという目的がある。顧客が求めているものを理解するためには、製品の機能や性能ではなく、その背後にあるジョブを理解しなければならない。
私は新規事業の課題を評価するとき、「広さ」「深さ」「頻度」という三つの視点を重視している。広さとは、その課題に直面している人がどれだけ存在するかである。深さとは、その課題がどれほど切実であり、お金を払ってでも解決したい問題かである。頻度とは、その課題がどれだけ繰り返し発生するかである。この三つが揃った課題ほど、大きな価値創造につながる可能性が高い。
そのためには、机上の市場調査だけでは不十分である。顧客へのインタビュー、現場観察、専門家へのヒアリングなどを通じて、顧客自身も言語化できていない課題を発見する必要がある。イノベーションの出発点はアイデアではない。質の高い課題なのである。
5. キラー・アサンプション(致命的な前提)を検証する
課題が見つかり、それに対する解決策の仮説が生まれたとしても、その時点ではなお多くの不確実性が残っている。顧客は本当にその課題を重要だと考えているのか。解決策に対価を支払うのか。技術的に実現可能なのか。持続可能なビジネスとして成立するのか。これらはすべて仮説であり、まだ事実ではない。
したがって、次に必要となるのが仮説検証である。しかし、ここでも多くの企業は間違いを犯す。検証しやすいことから始めてしまうのである。社内の関係者に意見を聞く。知人にアンケートを取る。展示会で反応を見る。それらにも一定の意味はあるが、本当に重要なのは、「もし間違っていたら事業全体が成立しなくなる前提」を確認することである。
このような致命的な前提をキラー・アサンプションと呼ぶ。市場そのものが存在しないのであれば、どれほど優れた技術を持っていても意味はない。顧客がお金を払わないのであれば、どれほど高い評価を得ても事業にはならない。したがって、最初に検証すべきなのは、最も危険な仮説なのである。
ここで重要なのは、仮説を証明することではない。価値実現を阻害する致命的な不確実性を特定し、それを一つずつ減らしていくことである。人は自分のアイデアに愛着を持つほど、それを支持する情報ばかりを集めがちである。しかし、イノベーション活動において求められるのは、自らの考えの正しさを証明することではなく、その事業が成立するために不可欠な前提条件を明らかにし、それが本当に成立するのかを検証することである。
顧客課題の存在、市場規模、顧客の支払意思、技術的実現可能性など、価値実現の成否を左右する重要な前提を一つずつ確認していくことで、不確実性は徐々に低減されていく。イノベーションのマネジメントとは、計画の達成を管理することではない。価値実現を妨げる不確実性を特定し、学習を通じてそれを減らしていくプロセスをマネジメントすることなのである。
検証の目的は成功を証明することではない。学習を加速することである。もし仮説が否定されたのであれば、それは失敗ではない。より大きな投資を行う前に価値ある事実を獲得したという意味で、それは重要な成果なのである。
6. ポートフォリオマネジメントで価値実現の可能性を最適化する
どれほど優れた仮説検証を行ったとしても、すべてのプロジェクトが成功することはない。これはベンチャー投資の世界でも企業内イノベーションの世界でも同じである。だからこそ、個別案件の成功率ではなく、全体としての価値創造を考える必要がある。
ここで重要になるのがポートフォリオマネジメントである。ポートフォリオマネジメントとは、個々の案件を独立して評価するのではなく、企業全体を一つの投資ファンドとして捉え、複数のプロジェクトを組み合わせながら価値実現の可能性を最大化する考え方である。
既存事業に近い案件もあれば、まったく新しい探索型の案件もある。短期間で成果が期待できる案件もあれば、長期間の挑戦を必要とする案件もある。それらをすべて同じ基準で評価することはできない。
初期段階では、顧客課題が本当に存在するのかという点が重要になる。中期段階では、技術的な実現可能性や競争優位性が重要になる。後期段階では、収益性やスケール可能性が重要になる。このように、プロジェクトの進展に応じて評価基準そのものを変えなければならない。
私はこれを、企業が投資家の視点を持つことだと考えている。投資家は、すべての投資先を成功させようとは考えない。限られた資源をどこに集中すれば最も大きな価値が生まれるのかを考える。企業内イノベーションにおいても同じであり、すべての案件を救済しようとするのではなく、学習によって価値実現の可能性が高まっている案件へと資源を再配分していくことが求められる。
ポートフォリオマネジメントの本質は、案件を管理することではない。学習の成果に基づいて資源配分を変えることなのである。
7. 経営とは、学習を設計する営みである
ここまで述べてきた内容を一言で表現するならば、経営とは学習を設計する営みである。
従来のマネジメントは、計画を作り、その実行を管理することが中心であった。しかし、不確実性の高い時代においては、それだけでは十分ではない。なぜなら、計画そのものが仮説だからである。
経営に求められるのは、組織がどのように学習するかを設計することである。どの課題を探索するのか。どの仮説を検証するのか。どの実験を行うのか。そして、その結果をどのように意思決定へ反映するのか。これらを体系的に設計しなければ、イノベーションは偶然に依存した活動になってしまう。
その意味で、経営者が見るべきものは、過去の努力や投入済みの予算ではない。どの仮説が検証されたのか。どの不確実性が低減されたのか。そして、価値実現の可能性がどれだけ高まったのかである。
イノベーション活動においては、「価値がないことを早く学ぶ」ことも重要な成果である。むしろ最も危険なのは、価値がないことが分かっているにもかかわらず、過去の投資に縛られて継続してしまうことである。撤退は失敗ではない。次の挑戦に向けた学習の成果なのである。
したがって、イノベーション・マネジメントの本質は成功を管理することではない。学習を管理し、その学習に基づいて資源配分を変えていくことなのである。
8. イノベーションの対象はエコシステムへ移った
しかし、ここまでの議論には一つの限界がある。それは、価値創造を企業内部の活動として捉えていることである。
かつての製造業では、優れた技術を開発し、優れた製品を市場へ投入することが価値創造そのものであった。しかし現在、顧客が求めているのは製品そのものではなく、その製品やサービスを通じて実現される体験や成果である。価値は企業の中で完結して生み出されるものではなく、顧客が利用する場面の中で実現される。そして、その価値実現には複数の企業や組織が関与するようになっている。
その結果、競争の対象も製品や技術そのものから、顧客価値を実現するビジネスモデルやエコシステムへと移りつつある。
私自身、米国で携帯電話事業の経営に携わった当初は、この変化を十分に理解できていなかった。当時は、より優れた端末を開発することが競争力につながると考えていた。しかし後になって振り返ると、本当に変化していたのは製品ではなかった。価値創造の仕組みそのものが変化していたのである。
日本の携帯電話メーカーは、より良い端末を作る競争を続けた。一方でAppleやGoogleは、端末だけではなく、OS、アプリケーション、クラウド、開発者、通信事業者を含めたエコシステム全体を設計していた。彼らが競っていたのは製品の性能ではない。顧客が価値を実現する仕組みそのものだったのである。
そして、そのゲームチェンジへの対応の遅れが、日本の携帯電話産業が世界市場で競争力を失った大きな要因の一つであったように思う。次章では、この携帯電話産業の経験を振り返りながら、製品中心の発想からエコシステム中心の発想へと競争のルールがどのように変化したのかを考えてみたい。
