ところで弱者はどうするんだ

前回までで世に向けて書きたいことは大体書けたと思う。
まとめるとリベラル的自由のものとで自由に個人の幸福を追い求めて、皆が(男性は男らしさの束縛から降りて)良い人生を歩めばいいではないかという主張だ。

しかしリベラル的自由(個人的自由)を主張するのであれば、これについて書かないと片手落ちだろうということがある。それは弱者の存在だ。
リベラルな環境下では、弱者は福祉によって生存権までは保証されるが、ふつうそれ以上(所属と愛の欲求以上の欲求)は社会には全く満たしてもらえない。
私はそれでいいという立場を取って、非弱者の立場から個人的自由のもとで幸福を追い求めることを主張しているが、パートナーありきの恋愛や結婚を求める弱者にとっては、それは以前不本意未婚について書いた通り極めて大変なものになってしまう可能性が高い。

特に(主に異性からの)愛を強く求めているが得られない、男性ならインセル(非自発的禁欲者)と呼ばれる人々のことをあえて一切考えてこなかった。
この人たちは女叩きの首謀者のように女性たちから嫌われているが、実際のところははほとんどがつらい思いを抱えながらもおとなしく過ごしている人々で、ごく一部の人々がそのつらさをごまかす手段として(許されるものでないが)女叩きをしているというのが正しいところだろう。

自分の体験から言うと男女逆で類似の人を見た経験がある。
私は大昔1回だけお見合いパーティーに参加したことがあるが、その中の女性に一人(言っては何だが)容姿が劣り、スペックも高くなく特に話が面白いわけでもなかった女性がいた。
確か男の方が多かったパーティーだったが、フリートークの時間の際、彼女はずっと誰にも話しかけられることなく壁の花になっていた。
私はマッチングの場でもなければそういう人にも声をかける方だと思うのだが、さすがに私が選ぶことは100%ない人に話しかけるのは自分の時間の無駄でもあるし、何より声をかけることがきっかけで彼女が自分に好意を持って自分にマッチング希望を出させてもかえって可能性を奪うだけに思えて、何も声をかけなかった。
最終的にマッチングした女性のことは何も思い出せないのだが、その人のことだけはいまだに覚えている。彼女は今幸せになれているだろうか。

これだけでも彼女にとってはつらい体験だろうとは思うが、男女が逆になるとさらにキツいと思う。
どんなに条件が良くない女性から好意を寄せられても男性が嫌悪感を持つことは少ない(実際自分は誰にでも割と優しく接するので、そういう女性に好かれて告白を断ったことは何度かある。ただしそれに嫌悪感は抱かなかった)。
しかしその逆、好みでない男から好意を寄せられると女性は嫌悪感どころか恐怖となってしまうことが多い。単純にこれは男性の方が女性より力が強く、最悪暴力で組み伏せてレイプできてしまうことに由来する防衛本能であろう。
厄介なことにこの好意は、女性慣れしていない(=モテない)男性の熱烈なものであればあるほど女性にとって危険なものになってしまう。
こうなることをを避けるために、女性は好みでない男性に対してはそもそも好意を抱かせないように優しく接さず、下手すれば話しかけることもしないのであろう。
ただこれに関しては女性は責められないと思う。実際のリスクはごくわずかであったとしても及ぼす結果が重大なため、それを回避して身の安全を守るのは合理的な行動だ。ましてや日本は痴漢被害に遭った女性に「そんな格好している女性が悪い」とかストーカー殺人に「思わせぶりな態度を取った女が悪い」とか言うような男が一昔前までたくさんいた(今もいる)のだから。

好意を女性に向けても恐怖が帰ってくるだけ、そもそも女性に理由なく好意的に接されることがない。
こんな男性に希望はあるのだろうか。正直なところ、私には解決策が分からない。

こういう人々へのリベラル側からの正しい回答としては「全ての人々がパートナーを得られるわけではないし、得られないことを恥じる必要はない」という認知を広めることだろう。
本来的には皆がパートナーを得られていた時代、大人になったらパートナーを得るものと刷り込まれていた時代がおかしかっただけだ。某教団の合同結婚式じゃあるまいし、当然自由が保障されれば相手にも自由があるのだからパートナーを得られない人も出てくることが当たり前のことで、得られなくてもそれは別に恥じることではない、というのが「正しい」回答になると思う。
ただもちろんこれは「そういうことじゃないんだよ」と言いたくなる正しさで殴る回答だ。

リベラルの立場を堅持してこれ以上の解決策を出すなら、人の優しさに頼るしかない。
私が男性なこともあり、まだ想像しやすい弱者男性を救うことについて具体的思考を進めてみる。
まず先述の理由によりそれ相応の理由(例えば金銭を介するなど)でもない限り女性に解決を求めることは難しい。そのため、消去法的に他の男性の優しさによって何とかしなければならない問題だと思う。フェミニズム関連の問題においてはほぼ全てが男性も女性も協力して解決に挑むべきものだと思うが、これは数少ない例外かもしれない。
例えば男同士で寂しさを紛らわせる、女性とコミュニケーションできるように立ち振る舞いをアドバイスする、合コンや紹介をして女性と出会いの機会を与える。陳腐な回答だが、似たようなものしかないと思う。頼れる同性の友人に頼るということだ。
(ただし近年はマッチングアプリの弊害として恋愛の個人戦化が進み、数合わせで参加できる合コンなどの機会も減ってしまっていると聞く。それは強者にとってはいきなり2人で会えて楽になっているのだが、弱者の出会いの機会を減らしてさらに格差を大きくしてしまっている。)

そして当然だが一部男性のように女性を叩いても何も事態は好転しない。女性がさらに恐怖を感じて逃げていくだけだ。
ただ、叩くことをやめたからと言ってうまくいくとは限らないのが本当に難しい。

ただし、リベラルの発想を破壊して国家が「男女全員を強制的につがいにさせよう」とかするなら根本的解決になる。
もちろん私はそれには断じて反対だが、リベラルを進めることには弱者がますます苦しむ弊害もあることは知っておくべきだとは思う。

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