出世は実力よりも、運と縁が大きいかもしれない事を肯定的に捉えてもらいたい。そして、備えてもらいたい。その上で、穏やかに生きてもらいたい
今日の不運は未来の成功のタネ。
万年崖っぷち平社員。つむおです。
私も若い頃は出世を目標にしていました。
歳を重ねるにつれ、目標→希望→願望→パラレルワールドへ変化していきました。
ええ、偉くなりたいと思っていたのです。
本音を言えば、その気持ちは今でも変わりません。
ですが、実際のトコロ、可能性としてはかなり低いと言わざるをえません。
自分で言うのもナンですが、仕事は結構がんばってきたと思いますし、結果も出してきたと思います。
今、自分は期待されていると思っている方へ
自分は会社にとって価値があると、今、思える人ほどインデックス投資を少額で良いのでやって欲しいと私は思っています。
私は、多分、期待されていたと思います。
それに伴い、少なからず、やりがいも感じていました。
自分でも、頑張っていたと思います。
ですが、出世というキャリアアップはできませんでした。
歳を重ね、可能性が徐々に減り、偉くはなれないことを実感した時に、私は少し腐りました。
立ち直りのきっかけをくれたインデックス投資
出世に執着していた理由の一つに収入がありました。
ですので、当時の私にとって出世できないということは、手取りが増えないので失望感が大きかったわけです。
ですが、インデックス投資がこの問題を解決してくれました。
当時、会社の昇給額は順調な人で、良くてせいぜい月3000円。
年利5%で100万円をインデックス運用すれば賄えてしまう計算になります。
無理して昇給に依存しなくても良いことに気がついた時、私の中で、何かが「ふっと」軽くなった気がしました。
自分の力ではコントロールできないことに支配されないために
頑張っていると自覚している人ほど、結果が思いどおりについて来ないときは憤りを感じてしまうのではないでしょうか。
少なからず嫌になる場面もあると思います。
会社に依存しない耐性を作るために、
自分の心を守るために、
理想は手取りの一割をオルカンやS&P500などの長期で見れば、なんだかんだで上がる確率の高い投資先に入れておくことにより、昇給という強すぎる執着から少し距離を置けると、私は実感しています。
インデックス投資の有効性と再現性について、エビデンスを語る能力は私には無いのでYouTubeで「リベ大」を見ていただければと思います!(最後は丸投げ?!)
査定のあいまいさを肯定的に捉えてもらいたい
私は出世は実力よりも、運と縁が大きいかもしれないと思っています。
もちろんある程度の実力は必須です。
ですが、人が人を評価する以上、どうしても好き嫌いは出てしまいます。
その上で、私は、この曖昧さを肯定的に捉えて欲しいと思っています。
曖昧であるということは、悪く働く場合もありますが、自分にとって良く働く場合もあるからです。
そういう意味で、出世は縁と運の部分が大きいと私は思っています。
実際に私も仕事を教える際、好意的に思っていない人には、教えたことが上手くできない場合、憤りを感じ、時には、その人の適性を疑うこともあります。
好意的な人の成長は待てるのに、そうではないときはつい批判的になってしまう。
それほど、相性とは不確実で、ままならないものだと感じています。
備えてもらいたい。その上で、穏やかに生きてもらいたい
それとは対照的に、収入において貯蓄の割合(額ではない)は誰にとっても平等です。
それゆえに、収入の一割を自分の力が及ばない、かつ、自分の力以上の可能性のある場所においておくことは、とても有効だと実感しています。
さらに「逃げ」という一手においても、有効だと私は思っています。
準備がある上での逃げは、「戦略的撤退」という、自分主体の選択肢を生むこともできるからです。
仕事をバリバリ頑張って出世する。
目標として、とても素晴らしいと思います。
ですが、そこに囚われすぎると、少し危ういとも思います。
なぜなら、出世に関してはコントロールできない上に、他人に人生の主導権を握られてしまうことになりうるからです。
資産形成は自由を獲得するための生存戦略の一つ。
目標とは別に、備えを設け、ある程度のゆとりを持って、穏やかに生きていけたら、満ち足りた人生に近づけるのではと思っています。
それでは、今回はこの辺で。
今日の話が誰かの何かのキッカケになってくれたら嬉しいです。
では次の機会まで、ごきげんよう。
