小説|終末アイドル「人類は滅びますかー?」 (朗読可)
概要
▷ 約4,000字|朗読目安14〜20分
終わる世界の中で、人は案外いつも通りに生きるのかもしれないなと思って書きました。逃げのようでいて、それがせめてもの抵抗なのかもしれない。
あらすじ
今夜、世界は終わる。それでも電車は走り、人々はスマホを見つめ、日常をやめられなかった。そんな終末の日、地下アイドルの彼女は最後のライブステージへ向かう。崩れゆく街、消えていく世界、最後まで光り続けるペンライト。来ないはずの明日を叫び続けた、終末のアイドルの物語。
終末アイドル 「人類は滅びますかー?」
週末、金曜日。
今夜、世界は終わるらしい。
それは確定事項だった。
あまりにも突然のニュースに、人々は混乱するより先に、なんとか日常を維持しようと必死だった。
電車は動くし、ネットも繋がる。コンビニには水も残っている。カップ麺や乾電池、お菓子もまだ少しあった。レジにもちゃんと並んでいた。そのことに、安心すると同時に少し怖くなる。日常が続くと信じたいから日常を続けているだけで、みんな、もう、諦めてしまったのだ。
世界が終わるなら、もっとそれっぽい顔をしていてほしかった。そしたら、泣くことができたかもしれない。怒っている人も、叫んでいる人もいない。ただスマホを見ている。検索履歴はみんな同じだ。
▷未確認天体
▷緊急会見
▷避難区域
「終末って、もっと、うるさいと思ってた……」
彼女は駅のホームでぼんやり広告を見ながら呟いた。
電車はいつも通り動いていた。きっと電車を動かす人達も、現実を受け止めきれなかったのだろう。もしくは、最後に会いたい人に会いに行く誰かのために、覚悟をしたのかもしれなかった。
朝、家を出る時に、ひとりで「いってきます」をした。家に「今までありがとう」と言いたい気もしたけれど、出来すぎている気がしてやめた。両親はこんな日でも出勤をしたし、最後の日くらい親子3人で……なんて淡い期待は打ち砕かれた。「世界が終わらなかった」時のことを考えて働くらしい。
美容クリニックの広告には「はじめての医療脱毛 0円キャンペーン」の文字が、カラフルでポップな書体で書かれていた。笑顔の女性が吹き出しには「2回目以降も0円!」というセリフ。2回目なんてないのに。
その隣は転職サイトの広告だった。「あなたの可能性は、まだ終わっていない」スーツの男女が、まっすぐ前を見ている。あったかもしれない可能性は、今夜終わる。
さらに隣に、スマホゲームの広告。「世界を救え!」剣を振り上げたキャラが、勇ましくモンスターと対峙している。現実の方が、ゲームみたいだ。
「世界は救えないけど、もしかしたら……」
ホームに入ってくる電車の音が、やけに大きく歪んで聞こえる。ガラス越しに見た広告には、続くことが前提の世界が揺れている。
駅の改札口を出てすぐの壁に、細いひびが入っていて、その隣には誰かの落書きがあった。
「また明日」
明日なんて来ないのに。
ライブハウスに着くころには、もうその時が迫っていた。空が見たこともないほど重く、雲が低く感じられた。スタッフさんは忙しそうに音響やライトや、物販の準備をしている。メイクさんはいつも通り前髪を直してくれて、マネージャーさんは自分に言い聞かせるように「大丈夫」と何回も言っていた。
控室の鏡の前で、笑顔のチェックをする。口の端が少し曲がる。震える指で、口角をニッと上げる。いつもの笑顔になれるよう、他のことを考えたくて、ライブのセトリのことを考える。アンコールはきっと無い。最後の曲はせめて明るい曲にしよう。
本当は、ちゃんと怖かった。世界が終わってしまうことも怖かったけれど、世界が終わる瞬間に、自分の人生には何の意味もなかったと、思い知らされるのが怖かった。
開演の時間。ステージの端から客席を覗くと、半分くらい埋まっていた。ここへ来ることを選んでくれた人たち。ペンライトの光が、暗い会場に浮かんでいる。いつか、もっと大きな箱でやりたかった。でも、今はここが最後で良かったと思える。これまで未来は全部、ここにあったから。
彼女は歓声の中、マイクを握る。
呼吸が浅い。喉が乾く。怖い。足が震える。それでも、笑う。アイドルだから。目を閉じて深く息を吸って、止めた。自分が救えるのは目の前にいる、みんなだけだと、彼女は覚悟を決めて、息を吐き出す。
「ねえ」
声がスピーカーに滲む。
「もしかしてー、今日って終末ですかー?」
いつものふざけたMCに、少し笑い声が起きる。
「人類は滅びますかー?」という言葉は飲み込んだ。
遠くでサイレンが鳴っている。地面が、不定期に、わずかに揺れる。体が震える。それでも走り出したライブは止まらない。彼女は崩れていく街の真ん中で歌い、終わっていく世界の途中で踊った。怖さを隠して、涙を飲み込みながら、必死でみんなに手を伸ばして「ここにいるよ!」と歌い続けた。
やがて、外では、空が白くなり、街の色が次第に溶けていった。ビルも、道路も、人影も、全部。客席のペンライトだけが、意思を持ち、溶けずに光り続けていた。その光に彼女は救われた気がした。
次がきっとラストソング。
「みんなー!今日は最後まで一緒にいてくれて
本当にありがとー!!」
わあああっと、歓声が上がる。
ふと、ひび割れた落書きを思い出した。
気がつくと、彼女は叫んでいた。
「また明日!!!」
明日もこのライブハウスでみんなで会える。
世界はきっと終わらない。
そんな気さえしてくる。
「また明日!」
ひとり。
またひとり。
客席から声が返ってくる。
次第に会場全体が叫ぶ。
スタッフさんも、メイクさんも、マネージャーさんも。ライブハウスの爆音に足を止めた人も。もう明日なんて来ないと、みんな分かっている。それでも叫ぶ。泣きながら、でも笑顔で。歌がはじまってもコールはやまなかった。
「また明日!」
「また明日!!」
「また明日!!!」
やがて、世界が、ラストコールごとライブハウスを包み込んだ。
「また明日!!!!!」
泣きながら叫ぶ声と、笑い声と、割れたスピーカーのノイズが混ざり合う。そのとき、最前列のペンライトが一本、ふっと消えた。電池が切れたのかもしれない。持っていた人は、一瞬だけ困ったように笑って、ペンライトを投げ捨て両手を振り続けていた。彼女は、終わるんだ、と思った。でも、自分の人生に何の意味もなかったとは思わなかった。きっと、このために生きてたとさえ思った。
客席後方に両親が見えた瞬間、
世界は突然、終わった。
終末、金曜日。
彼女は最後までアイドルだった。
みんなを笑顔にする存在だった。
世界が終わる瞬間まで、みんな一緒だった。
「また明日」という声だけが、世界に残った。
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