見出し画像

【読書感想文】陰謀論だけでは語れない【日航機墜落事故】

 毎年、お盆の時期がやってくると原爆の慰霊式典や終戦記念の日と同じように日航ジャンボ機123便墜落事故に関する話題を耳にする。
 1985年8月12日、羽田空港から大阪伊丹空港に向けて、18時12分に乗員乗客524名と共に飛び立ったボーイング747型機が、離陸からわずか12分後に垂直尾翼を失い、操縦不能となり、群馬県上野村、御巣鷹の尾根に墜落したという痛ましい事故である。
 私は、89年生まれであるから、まだ生まれる前の出来事である。すなわち、当時の事故の状況を知るには、さまざまなメディアが取り上げてきた情報に触れるということが必要になる。私のように事故に直接関係のない人間が興味本位で御巣鷹山の慰霊碑を訪れるというのはどうにも憚られるが、わずかでもこの事故について知ることが、自分にとって出来ることだろうと考え、この時期になると関連書籍を手にしたり、YouTubeなどで当時の報道映像や事故考察の映像を目にしてきた。
 しかしながら、少しでもこの事故に近づこうとすると、必ずといっていいほど、陰謀論的な事故原因を主張するものにたどり着く。それらの主張を否定したり断罪するつもりもないが、事故について知りたいと思っていたはずなのに、いつの間にか「本当の原因は別にあるのではないか」「何か隠されているのではないか」という問いばかりが前面に出てくる。  
 そこでは、524人の乗員乗客がいたという事実や、その一人ひとりに家族や友人、大切な人たちがいたという、人間としての体温がどこかへ遠くへ押し流されてしまうように感じられる。
 そういった陰謀論的主張ばかりに触れていると、当時、その事故の渦中にいた人たちに対して、自分自身が失礼なことをしている気持ちになってくる。
 そこで今年は、この事故に直接関わっている書籍に触れようと思い、出会ったのが飯塚訓氏が記した「墜落遺体」という本である。
 飯塚氏は当時、群馬県警所属の警察官であった。本書は事故当日の筆者の警察官としての行動から始まる。日航機の墜落後に筆者は遺体の身元確認を行う任務に関わることになる。
 筆者は休む間もなく体育館に運び込まれてくる遺体の身元を特定して、家族のもとに返すという任務の現場責任者となる。一言で書いてしまえば容易いが、本書を手に取り読み進めると、目を背けたくなるほどに生々しく過酷な現場の様子がそこにあったことが分かる。
 脚色することなく、隠すこともなく、ありのままを記録しようとした様子が手に取るように分かるのだ。
 運ばれてきた棺を開けて、警察官、医師、看護師が協力して、遺体を手に取り、記録し、できる限り生前の姿になるように整えて再び棺に戻す。
 変わり果てた姿で対面した家族の悲しみ、それに寄り添う現場の人々、JALの社員。言葉にしがたい現場で、それでも筆者は多くの死と、その家族の気持ちと向き合い続けた。
 あの時、40度を超える体育館で、不眠不休でそれぞれの職務に当たった方々は、大切な家族を探しにきた人たちに、ただ死を突きつけたのではなく、一人ひとりが生きていたという証を少しでも残そうとしていたことがわかる。
 私は、本書を開いて一度も閉じることなく一晩で読み終えてしまった。あまりに凄惨な描写を目にするたびに、いっそ本を閉じてしまいたい思いもあったが、向き合わないといけない使命感のようなものが湧いてくるのだ。
 本書は、若い世代にこそ手にとって欲しいと思う。私は中学校で国語を教えている。日々の教室で耳にする言葉の中には、人の命の重さを考えない表現が飛び交うことがある。彼ら若い世代が頻繁に用いる「死ね」という言葉。ほんの少し嫌なことがあるだけで吐き捨てるように出てくるその言葉は、本書を読んだ後には決して口にできないフレーズであると気付くだろう。
 私が夜にこの本を開き、読み終える頃にはすっかり夜が明けて、空は明るくなっていた。私がこの本を読み終えた朝にまずしたこと。それは生後5ヶ月になる我が子をそっと抱きしめることだった。命の尊さ、大切な存在、それを今よりもさらに大切にして生きていかなくてはいけないという気持ちになった。
 この文章を日航機墜落事故に関わった全ての方々に捧げたい。
 
 

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集