わたしの好きな「キム・ソクジン」
親愛なるキム・ソクジンさま。
お誕生日おめでとうございます。去年の今頃は、まだ『BTS』という存在に出会って間もなくて、ただひたすらに情報を貪る毎日だったように記憶しています。
そんな私が、今年はセンイルnoteなるものを書いている。何という変化でしょう。自分が一番驚いてる。人間、いつどう変わるかなんて分からないものですね。それを教えてくれたのもバンタンでした。
センイルのお祝いにふさわしい内容を、といろいろ考えてみたものの、シンプルに「わたしの好きなキム・ソクジン」について書いてみようと思います。
あの瞬間は奇跡だったのかもしれない
私はいわゆるDynamite勢。
でも、本当の意味でバンタン、そしてジンくんにハマったのは『Life goes on』だった。
決して明るいとは言えない等身大の想いを歌詞にのせながら、どこか希望も感じられる曲。自分も、世の中も鬱々としていた当時、こんなに胸を揺さぶられたものは他になかった。
そして、何度も何度もPVを観る中で、どうしても巻き戻してしまうシーンがあった。それはジンくんが目を閉じ、再び開くとそこはがらんとしたライブ会場…というあのシーンだ。

なんて美しい人なんだろう、と思った。
容姿そのものもそうだけれど、特に惹かれたのは彼の「目」だった。
映し出された彼の目は、真っ直ぐで澄み切って、でも底が知れない、そんな印象だった。
一度感じたその衝撃は、すぐに
『この人のことを、もっと知りたい』
という欲に変わった。「欲」なんて生易しいものではなくて、「執着」のほうがしっくりくるかもしれない。
そこからずっと彼の姿を追いかけ続けている。
知れば知るほど分からなくなって、いつまでも見ていたい人。
明るいものから暗いものまで、私の七色の感情を引き出してくれる人。
私にとってのジンくんはずっとそんな存在だ。
幾多の人間が存在するこの世界で、バンタンそしてキム・ソクジンという人間の姿に目を留めて、もっと知りたいと思ったあの瞬間は、もしかしたら奇跡だったんじゃないかと、今は思う。
「Why」ではなく「What」で考える
なぜジンくんが好きなのか?について聞かれることがある。でも、私は未だにその答えをうまく見つけられていないのだ。
前述のとおり、ふとした瞬間に心を持っていかれたという事実だけが確かで、それは理由ではない。
一時期、「なぜ」の部分を探そうとしたことがある。そして、うまく答えが見つからない自分が情けなくて、「ジンペン」と名乗ることさえ申し訳ない気がしていた。
そんな私を救ってくれたのも、やはりジンくんだった。
Weverseのインタビューで彼はこう語っていた。
社会は、いつも役に立つことを求めるじゃないですか。そういうのもいいですけど、自分のためには、他人の目には役に立たないように見えたとしても、自分の心の安定を図るための時間が必要だと思います。
(weverse magazine /BTSアルバム『Butter』発表インタビュー(2021.7.28))
周りがどうかじゃない。自分はどのように感じていて、どうしたいのか。自分の心はどんな言葉を発しているのか。
ジンくんのインタビューは、いちばん大事なものは自分の中にあるのだという、当たり前で大切なことを思い出させてくれた。
それから、私は「なぜ」好きなのかを考えるのをやめた。
代わりに、「どこが」好きなのかをたくさん考えるようになった。
そうしたら、もっと彼のことが好きになった。
そして、自分のことも。
ジンくんは私に新しい愛の形を教えてくれた。
このことだけで、私がこれからも彼を好きでいる理由は十分なのだ。
私の好きな「キム・ソクジン」
ここからはただただ好きなところを書き連ねていくことにする。
ただの恋文。恥ずかしいけど、素直に書けるのはここだけかもしれないので書いちゃう。
「誰かの笑顔のために、努力を惜しまないところが好き」
「誰かの笑顔のために、時に道化になることも厭(いと)わないところが好き」
「いつもふざけているけれど、大事な想いを伝えるときに見せる、穏やかな表情が好き」
「楽しそうにじゃれ合う弟たちを見守るときの、優しい眼差しが好き」
氷山みたいに、言葉にできるのはほんの少しだ。「好き」という気持ちのほとんどは心の中に広がっていて、表に出てくる時を待っている。
言語化できないもどかしさもあるけれど、いつも彼に対する愛おしさで満たされていると思えば、こんなに幸せなことはない。
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折に触れて、ジンくんは自分のことを
『自分について深く考えない』
『感情に忠実な人間』
と評している。
一見何も考えてなさそうに聞こえるけど、そうでないことはきっと誰もが気付いていると思う。
彼の心根の優しさを感じられる大好きなエピソードがある。
周りで冗談のように、「我らがスーパースター様、ようこそいらっしゃいました」と言っているのに、僕が「スーパースターだなんて。そんなこと言わないでください」と真顔で返したら、その後からは僕のことをどうやって呼んだらいいか、どんな会話をしたらいいか困るじゃないですか。
・・・まじめにではなく、誰が見ても冗談だとわかるように僕が返せば、それで打ち解けて話せるんです。(weverse magazine /BTSアルバム『Butter』発表インタビュー(2021.7.28))
さっき好きなところとして挙げた、「誰かの笑顔のために、時に道化になることも厭わないところ」。これを端的に表しているなと思う。
自分自身、そしてARMYや周囲の人たちの笑顔のために生きられる人。
自分も、他人も笑顔にできる人。
私が尊敬しているのは、そういう彼の暖かい部分だ。

「拝啓、『キム・ソクジン』さま」 (私信)
本当の貴方がどんな人なのかは分からないし、この先も本当の意味で知ることはできないと思う。
それでも、あらゆるメディアを通して受け取った貴方からの愛で、『わたしの頭の中のキム・ソクジン』は形作られています。貴方が見せたいと願っている「いい姿」として。
でもね、気付いていますか?
貴方が私達の幸せを祈ってくれるように、私達も貴方の幸せを願っていること。
「いい姿」じゃなくたっていい。
ただ貴方が心から笑っていてくれるだけで、私達は笑顔になれるんだってこと。
『完璧じゃなくていい。情けなくていい。』
誰よりも努力家で、きっと自分にも厳しい貴方だけど、私達にはそう言ってマイナスすらも優しく受け止めて、明るい方へ押し上げてくれる。
自分で自分を0点だと思う日も、貴方はきっと100点だよって言ってくれるような気がする。実際のところは分からない。でも、受け止めてくれるだろうって信じさせてくれる。その存在だけで救われているんです。
でも決して依存はしない、と決めています。
これからもお互いの存在で支え合いながら、それぞれの日々を精一杯生きていく。
離れていても、そうやって「ともに」歩む存在でいたいんです。
そして、いつの日か同じ場所で、同じ空気を感じられる日がきたら、その時は貴方に届くようにありったけの声で愛を叫ぶよ。
あらためて、お誕生日おめでとう。
神様は信じていないけれど、貴方に「春の日差しのように暖かい魂」と「伸びやかな歌声」を授けてくれた何かに感謝します。
この先も、貴方に幸せだけが訪れますように。
遠いようで近い、日本のジンペンより。

