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好き❤のPR✨|経験は人生を豊かにする

こんにちは。
膠原病・皮膚筋炎難病OLのAです。
(いつかOLなんていう肩書きは外れると思いますが(笑))

今回の記事は長めですが、宜しくお願いします🤗
わりと本気で書きました。



はじめに|「好き・関心」のPR


今日は私の好き❤をPRする記事にしたいと考えています。


理由としましては、「好き」を発信すると同じ「好き」に反応してくださる方と仲良くなれるかな?と思ったからです。


また、これから私が挑戦したいことを書いて自分への刺激にもしたいです。同じような挑戦をしている人にも記事が届くかもしれないという気持ちです。


実は昔は自分の「好き」を公けにするのが嫌でした。自己肯定感が低かったせいか、私が「好き」を発信してもその好きなものに嫌われると思っていました。


私は転勤族だったこともあり、周囲から浮きやすい人間でもありました。「常に仲間外れ」という感じなことが多かったです。(まあ、仲間に入りたいとも思わなかったのですが(笑)。女子の謎のキャンキャンしたノリが苦手、というより大嫌い。そんな態度が群れてる女子の神経を逆撫でていたのは自分でもわかっております(笑))


いろいろいじめや嫌がらせを経て傷ついた❤️‍🩹経験も多いですが、強引に社会人となり、いろいろな人と関わる中で「経験」を得て自然に自分の「好き」を出してもいいんじゃないか?と思えるようになりました。


周囲に合わせる(時には)は大事なことでもありますが、自分から発信して居心地をつくっていきたいとも思っております。


発信は「嫌われる」とも隣り合わせなのかもしれませんが、数々誤解され、嫌われてきた私はもはやそんなの恐るるに足りないとまで思えてきました。そもそも誤解されやすい性質だった(笑)。


むしろ、今は発信することで得られる世界の方が広いと思えています。(そう信じたい気分)

哲学のこと|自分の「問い」に素直に


昔から世界について考えるのが好きでした。
中学生くらいの時に私が考えているもののジャンルは「哲学」だということを知りました。それからは大学で哲学科に入ろうと決めていました。最終的には大学院までいきました。自分が昔から「実感」としてある「自分自身の問い」を修士論文にすることができて良かったと今ふりかえってみても思います。


「自分の問い」を持って哲学することが大切だと思っています。他人から借りてきたような言葉でアレコレ考えるのは哲学といえるのかな?他人の問いに意味なんてあるのか?と私は思います。私は、自分が日常から常々感じている「実感的疑問」を「自分の問い」として打ち出し、考えるのが哲学だと思います。


少しだけ私が今まで関心を持ち、考えてきたことを書き出してみます。


・この現実世界について
・なぜ自分のこの世界が誰かの見ている夢でないといえるのか(世界の無限階層について)
・可能世界について
・「自分」という世界の外のこと。あるいは自分がいるこの世界の外のこと
・「わたし」というのは「先天的」か「後天的」か


主に以上のことを疑問に持ち、論文に取り組みました。他のいわゆる「エリート」たちには馬鹿にされるような書き方だとは思いますが(笑)。


私は自分で自分の問いに誠実であって良かったと思います。


これからは科学の視点も入れて世界を考えたいと思っています。気になっているのが「量子力学」です。やはり自分の目にも見えず、この世界にいる限り越えられない世界のことを知りたいという欲があるのですね。私には。


また、量子力学はスピリチュアル的な意味でも話題になっています。(怪しい(笑))。試しに私がやってみて本当に叶ったらnoteで報告するというのも面白いかもしれません。

ドールのこと|ドール服👚の楽しみ


昔からお人形さん、ぬいぐるみに囲まれて過ごしていました。生まれた時から家にぬいぐるみが多い家でした。祖母の親戚にぬいぐるみ🐻等を作るのが得意な方がいるのでその関係かもしれません。


そのせいも半分あるのか、ドールやぬいぐるみが私も好きです。今でも好きです。


リカちゃん人形が4歳か5歳くらいのクリスマスプレゼントとして枕元に置かれていたことが私のドール人生に火をつけました。


とにかく人形遊びが楽しくてぶっ続けで9時間遊んでいたこともあります。


何がそんなに楽しかったのか、それは今思えば将来への憧れかもしれません。まだ自分が知らない世界をごっこ遊びを通して楽しんでいたのだと思います。お仕事へ行く日常OLごっこみたいな遊びもしていました。(今OLとなった私はどこが憧れなんだか…って感じですが)


スケート選手ごっこ。クレープ屋さんごっこ。非日常が起きた町を想定して遊ぶごっこ。


いろいろやりました。やはり、「なった」気分でやるごっこ遊びだった、というのが楽しかったのです。


今でも人形を手に取り、遊ぶことがあります。洋服の着せ替えだったり、内省の時間になります。


良くも悪くも、自分の心の状態が手に取るドールの表情に反映される気がするのです。そこで自分を客観視することができます。他のドールに相談役になってもらい、アドバイスをもらいます。カウンセリングごっこになるのでしょうか…?馬鹿馬鹿しく感じるかもしれませんが、なかなか鋭い意見が出てきます。


自分の内なるものを外に姿化させる。
これも一種の自分自身への向き合い方です。


ドール服👚への関心もあり、今ではドール服認定講師になりました。『縫わないドール服』プチクローゼットさんのライセンスです。


まだ本格的には活動できておりませんが、そのうち積極的に活動していきたいです。


好きなもの💕を通してイキイキ人生を豊かにしていきたいです。ドール服👚を通して少しでも人の人生イキイキ豊かを+Plusできればと思います。


(🈲画像の無断転載禁止)



作品1
作品2
作品3


可愛いお洋服たちで夢も広がります
リカちゃんドールに限らず、ブライス、スーパードルフィー、プーリップ、イスル等も好きです。

今日はどんな気分で過ごそうかな?✨
なんて考えられるドール生活

ドールとドール👚に夢をのせて


気になる人|憧れとは違うけど


私が前から気になっているのは「シャネル」です。
あのブランドを作った「シャネル」です。


ブランドだから好きだというわけではなく、シャネルの生き様が気になってしまうのです。

私はシャネルの黒い目が好きです。
「目は口ほどに物を言う」とありますが、私はシャネルの目から凄まじい野心と知性を感じてしまうのです。


男にしがみつかない生き方。
自分で自分の生をつかみ取る気迫と根性。
「私はこうっ」という潔さを感じます。
厳格で敷居の高さも感じられます。


そこにはわざと自分を弱く見せて取り入ろうなんていう厚かましい態度を感じさせないオーラがあります。


私のリップは赤シャネルです。
一番顔も映える気がするので気に入っています。
気持ちも入るのです。
流行りの儚げメイクなんて知りません。


シャネルを見ていると、「私はそれ、好きじゃない」ということに対してそれが自分の魅力をつくる一つの要素であると心に自信が持てる気がします。


それは自分の「核」だからです。


仕事のこと|スパルタ気質


仕事|鮮魚


大学院修了後私がついたファーストキャリアは「鮮魚」の仕事です。

手に職つけるという気持ちで魚屋の道へ。


そこにはとんでもない世界が広がっていました(笑)。良い意味でも悪い意味でも。


スパルタ人しかいない


ということです。大学院時代は周囲に内省傾向の人も多く、「深く考える」ということに対して普通な人が多かったのですが、魚屋の人々は違いました。


職人気質のパワハラおじさんばかり。
きっとパワハラ発言してるなんて思ってもいないオヤジ集団。


体育会系の集まり。考えるより感情で動いてる感じでした。私が「修士卒業」というだけで変に構えた感じでした。こっちは学歴に対してなんとも思ってないのですが。


そんなおじさん集団の中での修行が始まりました。


ひたすら魚を切りました。技能を上げること。店の利益、歩留まり等を学びました。


苦しいことの方が圧倒的に多かったです。まず、おじさん、言葉に配慮が無い(笑)。そんな中で休みもほとんど無い中でがむしゃらに働きました。年末年始なんてありません。連休も無く、6連勤して1日休んで出勤なんてこともありました。体力との勝負です。


むかつく、苦しいことの方が多かった。だけど、私は大学院時代の周囲の社会に対してあえて斜めに構えた態度をする院生達の「甘えた」環境に疑問も感じていた(斜めに構えてかっこつけてないで働けよって思っていた)こともあり、これが「私の知らない世界か」となぜかイキイキとし始めていたのです。(パワハラされてるのに)


鮮魚のおじさんの中には、私の一生懸命な姿に心動いたのか優しくしてくれる人もいました。ただの「高学歴の頭でっかち」じゃないということが伝わったのかもしれません。


厳しかった。苦しかった。本当に。
でも私の根性が育った。私は耐えた。


働くことは私にとっては「悪」ではありませんでした。知らないことの世界が広がったからです。


私はファーストキャリア「鮮魚の世界」を通して働くことを知りました。


おかげで魚もさばけます。
一番の得意は刺身のお造りです。寿司もつくれます。


しかし、残念ながら私は包丁を握りすぎて手首を壊してしまいました。たまに包丁を握る分には問題無いと
思いますが、鮮魚としては難しいという判断を医師は下しました。私は鮮魚から部署異動となりました。


仕事|事務職


そして今私はOLです。
会社の予算管理がメインの仕事(と広報系を少し)に異動になりました。(難病長期入院のせいで頓挫ですが)


今度は鮮魚のおじさんの世界から会社の管理の世界になりました。私の知らない経費の事、有価証券、東証、またしても知らない知識のオンパレードです。


会社の偉い人達が見ている側面を少しだけのぞく機会を得ることができました。(今でもなぜそのポジションに私が異動になったのか疑問ですが良い機会を得ることができました)


難しい事が多い。
しかし、今まで鮮魚でやってきた仕事を大枠で見ることができるようになりました。あの店の経費はどれだけコストがかかっているのか、とか。現場にいたので問題点もよくわかっていました。


経費の見方、予算の見方は知識として知っておいて損は無いと思ったので入院生活中も簿記でも勉強しようかな?という気持ちです。


おそらく、難病という身体ではもう今のポジションには戻れないでしょう。私も生き方の選択を迫られています。難病宣告を受けて私は一瞬であらゆるものを「失う」可能性があることをさとりました。仕事、見た目、生活。


失えばまた、次に得るものがあるというのなら、それはやはり「私の知らない世界」です。


仕事は私にとって「好き」の内に入るのです。
(本当に自分に対してパワハラスパルタン気質だなあ…)
それの向き合い方、働き方、生き方も今後は考えなくてはならないという事です。


読書|ジャンルはいろいろ


読書が好きです。
やはり新しいことを知ることが出来るというのが良いです。


また、読んだ上で自分の思考と違うところや新しい発見が発掘されるのも良いところだと思っています。


ジャンルはいろいろ読んでいる方だと思います。雑誌も月に3冊買っている時もあります。ファッション系です。
 

『てんつなぎメイト』という雑誌に取り組んだりもしています。(1から順番に点を繋いで絵を完成させる)無心になれるので、瞑想しているみたいになります。集中できるので、頭がもんやりしてきた時に取り組みます。


哲学、自己啓発、小説(ミステリー多め)、絵本等読みます。


ここ数日は私の人生環境のこともあってか、「ケア」に関する本を読んでいます。


これからやりたいこと|夢・挑戦✨



これから取り組みたいことを改めて書き出してみます。ちょうど私も人生の分岐点です。


これからをイキイキとさせるために恥ずかしいですが、潔く書いちゃいます…🐱


✨介護美容に興味アリ



実は就活中にデイサービスの体験にいきました。レクリエーションを考えて訪問するというものです。(私ひとりで行きました。他の就活生は逃げました)


その時にアロママッサージをしました。(私、アロマの資格を持っているのです)手作りのオイルを作って持っていきました。


そしたらすごい喜んでくれたのを覚えています。つやつやになった手を見て「すごいわあ❤」と歳がいっきに若がえった声を出して喜んでくれたのです。何度も自分の手を見て喜んでいるご婦人を見て、私も嬉しくなりました。


「こんなに感動してもらえるなんて」とこっちが逆にびっくりしました。


この時、いくつになっても自分を綺麗にするって心は気持ちをイキイキさせるのだなあ…としみじみと思いました。私も感動してしまいました。


綺麗を通して心がイキイキする。楽しくなる。元気が出る。大切な事だと思います。


私も今入院生活でボロボロになりかけておりますが、「自分を綺麗に保とう」という心は持ち続けています。


✨他にも美容系


自分のマインドに合う学校があれば通って独立したいという気持ちもあります。


それは「善く生きる」に繋がること。
自分で自分を楽しもう❗というマインド。


綺麗を通して今日の私なんだかイイカンジ❤✨
人と比べてじゃなくて、自分で自分を肯定できる、を叶えられる、叶えていけるところで美を学びたい気持ちがあります。


アロマブレンド調合師

私は「香り」で助けられている要素も多いです。アロマブレンドを作成して、正式な資格のある状態で提供できるようにしたいです。個人的にアロマオイルを通して化粧水やオイルも作成して使用しています。結構イイです。手作りなので成分も自分で把握できます。肌も潤います✨

ドール服👚ワークショップ

認定講師にもなりましたので、そのうちワークショップやドールお洋服の販売も行いたいです。

自分の「今」を写真スタジオで撮ってもらう

いつか変わってしまう見た目。
しかも私は難病治療のステロイドの副作用のせいでその変化がいきなりやってくるかもしれません。毎日怖くて仕方がないです。
だから、「今」の私を残しておきたいのです。レトロな感じの写真でお願いしようかな、と思っております。

モデル(やってみたいな。やってみたかったな…恥)

恥ずかしながらモデルやってみたいという気持ちがあります。子供の頃、お誘いもありましたが、親が全て却下(笑)。そのことを考えると、モデルをやってみた可能性のある私の人生に比べて私は「知らない世界がある」と思ってしまうのです。赤ちゃん雑誌には載ったことがあります。半ページ分。


自分の体験を満足させるためにaxesfemeeのイベントで一般応募のモデル参加しました。やっぱり恥ずかしいものですね///。良い経験にはなりました❤


これからの私|気持ちの側面


「なんで自分の周りは母親含めスパルタ人しかいないのか」


そう思っていました。
会社もスパルタ気質の人ばかりに囲まれてきました。


難病で身体が動かなくなってきているのに、入院直前まで会社に来させようとする会社。理解がない。私も自分に厳しい性質なので無理して室長にしか相談してなかったけれど。


でも不思議と会社に対してそこまで怒っていない。今まで随分「働く」を教えられた気もする。


なぜ自分の周囲には「我慢」と「根性」の精神が蔓延しているのか。


なぜ……?


それは、自分がスパルタ人だったからだ


ということに最近気がつきました。


私は自分が思っているほど弱くなかったのです。
むしろ、強かった。だからスパルタ人に知らぬ間に囲まれていたのかもしれません。


よく考えてみればそのはずでした。そもそも戦えない戦士は最初から切って棄てられているからです。それがスパルタ人ですからね(笑)。


果たして私ははじめからスパルタ人だったのか。それともスパルタ人として育てられてきたのか…?充分素質はあるということでしょうか。


いまだに入院中にも関わらず資格勉強でもするかという気持ちになっています。(きっと気持ちの側面でも多動的なところが生まれつきあるのかもしれません)


戦える戦士として(そうなれるように)今までがむしゃらに生きてきた気がします。我慢を重ねて。


ここへきてようやく「我慢」と「無理」は善くないと心から思うようになりました。それでも何かしていないと気が済まない性質…。


ファーストキャリアが「鮮魚」。厳しい職人の世界だったこと、人生の大半が学校生活含め「耐えろ」の毎日だったので私は自分に甘い人間が正直「嫌い」です。


すぐに「弱者」を引き合いに出して支援を求める姿勢に何か得体の知れない気持ち悪さを感じてしまうのです。ぬるい、と感じてしまうのです。(すみません。正直すぎますよね)


「文句いう前にお前は努力したのか?」
「何らくしようとしてんの?」
「なにもしてないくせに甘えんな。やることやってから泣き言いえよ」


こう反応してしまうのです。(もう厳しいという側面からいえば末期ですかね…?)
まさに「パワハラ気質のおじさん」世界ですね。私もおじさんに負けじと気質がコレなのかもしれません。


私はある程度自分にも人にも「厳格」なのでしょう。
しかし、厳格な人の方が人生経験も豊富な人が多い気がします。言い訳ばかりで逃げている人の人生よりもより善いと思います。


しかし、最近この「厳格」さが世界を狭く、他人を見る目を狭く、自分自身も苦しい生き方にしているのかもしれないと反省するようになりました。それは私が膠原病で強制的に身体の側面で「弱く」なってしまったからなのかもしれません。


会社は戦えなくなった私をどうするか、わかりません。しかし、もうそれは「私のできることの範疇」を越えています。「失う」覚悟をしています。


厳しさがあるから今の私がいる。
だから今、耐えられるのだ。


優しさと厳しさのバランスは難しい。
今まで自分に優しくできなかった。


逆にいえば、私は努力する人間にはかなり甘いかもしれません。やってもやっても成果が出ず、人一倍努力してるのに溺れてしまう。そんな人の気持ちがよくわかる。


悔しくて情けない自分だけが取り残される。スルスル上手く、人生も勉強も渡っていける人を見て羨ましいと思う。その気持ちがわかる。


自分の中にある甘さを乗り越え、乗り越えようとする人の気持ちが人よりはわかる。(と思う)


それは今まで自分に厳しい私だったからだと思う。世間は「優しさ」だけがなんだか「偉い」みたいな風潮がある。「優しさ」を盾に「理解」を気取る。インチキくさいと私は思う。それは「優しさか?」「気持ちよくなるために人を利用しているだけなのではないか?」本気で私が問うたら優しさ主義者はなんと返すだろうか。


「優」と「厳」。このバランスが大事だと今思います。


厳しさだけでは生きてはいけない。私は今自分以外の他人から「優しさ」をもらっています。おそらく、今までの自分の人生の中で一番甘えています。病院内の看護師や家族、恋人に「優しさ」を教わっています。いや、今まで見てこなかった、意識してこなかったことがはっきりと見えるようになったのだと思います。


なんやかんや今までがむしゃらすぎたせいで気がつかなかっただけで私は他人に「育てられてきた」のでした。厳しさ大半でしたが、手をかけて仕込むという側面で甘やかされてきたかもしれません。


他人にも私と同じ「厳しさ」「努力」「厳格」を求めすぎる態度は生にとって善くないと「実感」として理解できるようになりました。


厳しさだけじゃ、人は生きてはいけない。


これからの私は「優しさ」が既にあったことを意識して物事取り組んでいきたいです。


本来はそれがわかる私であったはずなのに、どこかで頭の何かのネジを外さないとやっていられなかったのかもしれません。「弱い」自分を受け入れられなかったのかも。


弱さを乗り越えるためにメンタルケアカウンセラーの資格も取りました。ストレスコーチングの勉強もしました。


人より傷ついたし、地域移動も激しいし、仕事ではボコボコにされるし、難病にはなるし、上手く生きられないし(笑)。


随分な「経験」をさせてもらってるなとは思います。


だからこそ見えることがある。
むしろ、この厳しさと学びが「ケア」の心をつくる。
人の痛みがわかる。まだできることがある。


そう思えています。
残された時間を大切に生きたい。
人がより善く生きるために何が必要なのか。
それを考えています。


ここまで長い文章読んでくだすってありがとうございます🤗


最後まで読んでくれた貴方はかなりレアだと思います。


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©『Tukuru』グループ 問美 フミ創(Toimi Fumisou)~より善く生きるを考える記事~ よろしければ応援お願いいたします。 チップは今後の自己投資に使わせていただきます。