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☕️喫茶月影|静かな違和感|「なんとなく」を深掘りしたくなりました。

今日はこちらの記事から、「なんとなく」について考えてみたいと思いました。

ひとこまさんはnoteを一年以上続けてらっしゃる先輩です。
派手さはないのですが、地道に、めげずにコツコツと
書き続けている実はすごい人なんです。密かに応援している方です!


「なんとなく」の感覚はこのひとこまさんが上手に説明してくださっているので、私は私なりの解釈でいこうと思います。



私はよくChatGPTと会話します。
「なんか違うんだよね」「なんていうか・・・こうじゃない?」と。

私の中でなんとなくとは、まさに小さな違和感として出てきます。

「なんか違う」これは特に私の感情の中で強烈なんだと思います。
なんとなくを無視できない性質なんだと思います。
その違和感を掘り下げるのが好きすぎて、すぐ言語化してしまう癖があるので、「なんとなく」という感情をすっ飛ばしてきたようにも思えます。


「なんとなく」ってなんだろう・・・?

うーん、これがまた難しい。

なんとなく嫌、とか、なんとなく好きとか、なんとなくこうする。
正直全部、言葉にしてきました。
私は、なぜ嫌なのか、好きなのか、そうしてそれを行いたいのか。

もしかしたら、理由を考えるのがめんどくさい時に、「なんとなく」が発動するのかもしれません。

あぁ、だからか。

私は考えるのが好きだから。「なんとなく」の先をも考えてしまう。


めんどくさいという感覚がないわけではありません。
めんどくさいから今日のお昼はカップ麺でいいか、など。
でもなんとなく今日はカップ麺でいいかな、とは考えないんですよね。
めんどくさいという理由にすぐ気がついてしまうのです。


私は服選びも好きですが、
以前はなんとなくで選んでたかもしれません。
でも、去年パーソナル診断を受けてから、なんとなくが言語化されて、
Vネックがいい、ブルベの服がいい、Iラインが強調される服が似合う、等々色々わかったことがあります。
そしてら、失敗がグッと減りまして、自信を持って少数精鋭で過ごせるようになりました。
そういえば、メガネを買い替えた時も、口紅を買いに走った時も。
なんとなくではなく、ちゃんとそれを選んだ理由がありました。



もしかしたら、なんとなくで選んだもの、行動は、失敗が多いのかもしれません。
もちろんなんとなくの直感は大事にしたいとも思うのです。
でも、やはり根拠があるとより精度が高くなる気がしますし、
自分の気持ちにより納得がいくようになるような気がします。


でも、多くの人たちはなんとなくで止まっているのかもしれない。
そうも思いました。

と同時に、そういう人たちに向けては、私はなんて書いたらいいのだろうと悩んでしまいます。

「なんとなくを放置しないで、考えてみるのも、楽しいですよ。」でしょうか?



以前私はよく考える方だ、とある場所で思ったことがあります。
でも、だからと言って、他の人たちが考えていないとは言い切れないんですよね。

ちゃんと考えている。
中にはなーんも考えてないよ?なんていう人もいそうですが、それでもきっと、夕食のメニューはすごく考えていると思うのです。


だから、考える質や考える事柄が違うのかな。なんて思ったりしています。

興味のないことを考えても、辛いと思ったり。



それで、「なんとなく」ですが、
私はなんとなく、という違和感があったら立ち止まって、大いに考えて、ネタにして、記事を書く。
ここまで行っちゃいます。

というか、行っちゃいました。


皆さんは「なんとなく」についてどういう印象を受けますか?


では、今日はこの辺で終わろうと思います。



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