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ブレイクショットの軌跡|逢坂 冬馬 (著)|人生も物語もブレイクショット!

第173回芥川賞・直木賞は、該当作なしで終わった。出版業界は、デジタル化の進展や読書習慣の変化により、厳しい状況に置かれていて、書店数も減少傾向にあり、特に中小書店は苦戦しています。書籍や雑誌の売り上げがピークを迎えた90年代ならいざ知らず、年々縮小していく出版界の中で「該当作なし」って、「いったい誰のお陰で飯を食ってるんだ!」という、パワハラみたいな愚痴が、書店員から聞こえてきそうです。

審査員の作家先生方、候補の中からひとつ選べよ!「本の売り上げが伸びないだろ!」「権威ぶってんじゃね〜よ。」というわけで、直木賞を取ると思っていた、逢坂冬馬の「ブレイクショットの軌跡」。

一台のSUV「ブレイクショット」を軸に描かれる連作短編集。
まるでビリヤードの白球が次々と他の球に衝突していくように、ある人の人生が他者の人生に影響を与えていく。群像劇の快感と社会派小説の深みが絶妙にブレンドされた一冊です。

最初の主人公は、自動車工場で働く期間工の本田昴。社会とつながる手段はほぼTwitterだけ。そんな孤独の中で、彼はある“見逃せない”瞬間を目撃する。そこから物語は一気に転がり始める。ブレイクショットが白球なら、彼の決断が最初の一打になる。

以降、投資詐欺に手を染める講師、偽装修理に苦悩する板金工、ブラック企業に飼い殺されるサラリーマン、SNSの闇に迷い込む学生、そしてアフリカで武装車として再利用されるブレイクショット――。全く別の人生に見えて、じわじわとつながってくる。

一台の車が、こんなにも多くの人の人生に影響を及ぼすなんて? そう思うけど、実際の社会ってもっと複雑で、もっと不可解で、もっとバカバカしい。物語を読み進めるたびに、ブレイクショットがただのSUVじゃなくて、時代の象徴のように思えてくる。

特筆すべきはその構成力。各話は独立していても、エピローグで一気に回収される伏線たち。なるほど、そう来るか!と叫びたくなる気持ちよさ。まるで巨大なパズルを一気に完成させる瞬間に立ち会ったような快感があります。

Photography:fu

一方で、「ちょっと綺麗にまとまりすぎじゃない?」と感じる読者もいるはず。荒削りなリアルが欲しい気持ちもわかる。でも、この潔さもまた逢坂作品の持ち味。『同志少女よ、敵を撃て』で魅せた戦場のリアルとは違うけど、ここにも“戦い”はある。

この作品がすごいのは、SNSの存在をビリヤード台の延長として描いている点。投稿一つがどこまで影響を及ぼすか、今や誰も予測できない。善意も悪意も区別できないネットの世界に生きる私たちにとって、この描写はリアルすぎてゾクっとくる。

キャラクターも粒ぞろい。本田昴の素朴さ、世玲奈の芯の強さ、門崎のクセのある存在感……どの人物も妙にリアルで、たまに「こんな人、職場にいそう」って思える。群像劇ってたまにぼんやりするけど、本作は全員に見せ場があるのが嬉しい。

Illustration:fu

厚さ600ページ弱。なのに、するする読めるのが不思議。テンポの良さ、視点の切り替えのうまさ、そして“次が気になる”構成。まさに読書のジェットコースター。休日のどこかで読み始めたら、気づいたら夜が明けてました、なんてことも。

テーマは重い。搾取、不正、詐欺、暴力、嘘、そして希望。それらがノンストップで押し寄せてくる。だけど、読後に残るのは絶望じゃない。むしろ「この世界で、自分はどう在るべきか」を考えたくなる。社会派って、こういう読後感が最高だ。

直木賞を逃したのは、正直「もったいない!」の一言。とはいえ、“該当作なし”の年にこんな傑作があったという皮肉も、またこの小説の面白さを際立たせている。芥川賞・直木賞よりも確かな「読者の納得」がここにある。

ラストの仕掛けはネタバレ厳禁。でも一つだけ言えるのは、タイトルに込められた意味に気づいたとき、世界の見え方が変わるということ。人生もまた、神のブレイクショットによって始まったのかもしれない。そんな気にすらなってしまうのです。


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