【コラム】第二一回 幽霊と乗り物
例えば、「タクシー怪談」・・・。怪談好きの読者であれば、一度はタクシーに纏わる話を聞いたことがあるだろう。もう少し話を広げれば、何かしらの乗り物が登場し、幽霊がそれに乗っている話は、枚挙にいとまがない。
幽霊は、物理的に肉体の質感があるのか、その実態は怪しいが、壁や人の身体を通り抜けたとか、逆に接触できたとか、様々なパターンがある。私の感覚では、接触できない例が多い気がするが、皆様は如何だろうか。攻撃をしてくる幽霊の話もあるので、それも怖いのだが・・・。
接触の対象は人間ではないとしても、乗り物に乗るという行為は、物質として乗り物と接触しているわけだ。タクシー怪談は、客として幽霊が席に座るので、運転をするわけではない。しかし、現れる幽霊自らが自転車に乗っていたり、乗り物を操作していたという体験談も聞く。
幽霊の質感や物質的に存在するかは、今回のテーマではないので深く言及しない。だが、多様な怪談を聴いていると、どうやら幽霊は時代によって乗り物を替えてきて現れているのかもしれず、そんなことが果たして可能なのか、しっかり時代に合わせているかわいい存在なのか、今回は、乗り物と幽霊の関係性について考えてみたい。
怪談家の稲川淳二氏は、自身のツアー「MYSTERY NIGHT TOUR 2007 稲川淳二の怪談ナイト」のDVDで、公演の冒頭、乗り物について語っている。
それは、稲川氏が祖母から聞いたというおじさんの体験談。既に亡くなっている友人が、あるとき、玄関に歩いてやって来て「おい、行こう」とおじさんを急かした。またあるときは、走ってやって来た。次は、自転車に乗ってやって来た。そして、またあるときは、人力車を引っ張ってやって来た。だがその後、おじさんは亡くなったそうだ。そんなエピソードを紹介している。
人力車と聞くと、今となってはやや時代が古い乗り物のように感じる。例えば、京都や奈良などの古都の趣を留めた場所では、今でもそんな幽霊はひょっこり現れるのだろうか。
だが、「見た目は現代風の幽霊」で人力車を引っ張るあるいは乗っている者がいても良さそうなのに、あまり目撃例が報告されないのはどういうことか。時代を超越した存在なら、新旧の乗り物を選んで出現できるはずだ。
過去のコラムでも幽霊の存在について触れたこともあるが(例えば【コラム】第一七回 幽霊の種類)、結局、本人が意思を持ち浮遊する幽霊かどうかにせよ、やはり、幽霊は、映像として、記憶としてその時代の面影が残っているから、その時代の乗り物でしか出現できないのだろうか(映像が脳内再生されるならそもそも来ているという表現も変だが)。
幽霊が生きていた頃の大体の時代を推し量る材料として、一つ、ポイントがあると思う。もし、乗り物に乗ったり運転している幽霊を見てしまったのならば、乗り物の型番以外で注目すべきは服装ではないだろうか。
どこか古めかしい当時のものなら、物理的に存在するか景色かを問わず、当時のまま乗り物とセットで現れたということで解釈すれば良い。そう考えるとしっくりくる。過去や未来の道具を、時代を超越して引っ張り出すことは幽霊とて不可能だろう。それができれば「四次元ポケット常備幽霊」である。
さて、そろそろ本題について自問自答してみよう。いろいろ考えたが、つまり、幽霊は時代に合わせて乗り物を替えてはいない・・・。物理的に存在する幽霊や当時の景色が、その時代の衣服を身に付けその時代の用具を使っているだけだ。
しかし、そんな幽霊と対話ができないかといえば、そうでもない気がする。前々回の下北沢タイムリープについての記事(【コラム】第一九回 未来予知と幽霊)でも書いたが、こちら側の人間が異界に迷い込んだパターンと、残留思念として定着した景色が再生されるパターンの二種類があるとすれば、いずれの場合もその時代のままの恰好で幽霊が表現されることになる。そして、タイムリープなら、会話が成立しそうである。
もはや、乗り物を選ぶというこちら側の一方的な解釈や見立てが意味を成さないのかもしれない(乗り物を選ぶ自覚が幽霊本人にない)。
また、冒頭で触れたタクシー怪談は、実は上記で述べてきた考察に当てはめて解釈することが難解で、まったく困り果てる・・・。タクシーに乗るのは手段であり、何かしらの別の目的があるように思えるが、今回のテーマでは、「出現に際して乗り物を伴う現象」に絞って考察した。それゆえに、乗り物を手段として用いるか、目的かはともかく、昔から、幽霊と乗り物は密接不可分な関係だ、ぐらいの認識で留めておいていただきたい。
実際に手を上げてタクシーを止め、乗ってきた客と運転手に少なからず会話が発生するのがタクシー乗車の流れだし、では、本人は何者なのだ。まったくわけがわからない。
ただ、それでも無理やり考察を当てはめて、一応の結論を記して、コラムを終えたい(笑)
怪異に巻き込まれた運転手からすれば、確かに乗客である幽霊との間にコミュニケーションが発生している。仮に、幽霊が物理現象だったとして、最終的に乗車賃を支払うわけだから、財布からお金を出すか、持ち合わせがなければ家に戻って取りに帰るという物(金銭)の移動が発生する。そうであるならば、やはり、幽霊側が自己の意識で物を持つ、渡すことは可能ということで、物理的に存在する浮遊霊という可能性が浮上する。
また、その二の可能性として、たまたま因縁のある場所を通りかかったタクシー運転手が、波長が合ってしまい、当時の幽霊がその場でタクシーを拾い運転手と交流を図った過去の景色が運転手の頭で脳内再生された、というパターンも成り立ちそうだ。
ただし、この場合、しっかり道を進み運転出来つつも、どこか脳内で記憶が再生されているという極めて危険な状態なのかもしれない。実際、気が付くと場所が移動しているわけだから。ただ路肩で寝ていただけで終われば、事故もなく、ただの夢で安全なのだが・・・。しかし、記憶だった場合、支払われたお金は手元にないかもしれない・・・。
今回は、幽霊と乗り物について、どこまで話を纏められるか、ある種のチャレンジをしてみた。自論を当てはめるのに苦労したが、皆様は如何お考えだろうか。是非、幽霊を語るうえで外せない事物を思い出して、皆様の自論をそれぞれ整理していけば、もっと怪談が楽しめることかと思う。
論理破綻を起こしてストレスにならず、堂々巡りにならないように!(笑)
