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Run for the Roses 第二話

第二話

「んおおッ、負けたァー!?」
「兄ちゃん弱え~~~、これでよっちゃんの三戦三勝だあ」

 両手にカードを握りしめ、プライドが情けない悲鳴を上げる。
 勝負を眺めていた子どもたちは、勝者になった友人を囲んで称えた。

 フェステの城を逃げた二人が訪れたのはグローブ領最大の港湾都市、エレファント交易街。
 外から来た人間も多く、一旦身を隠すには向いている。多少ほとぼりが冷めてから船でグローブを出る、というのがハザールの考えだった。

「おい、隠れる気があるんだろうな!」
「勝ったらマジカの限定カードくれるってんでつい……」

 ハザールに胸倉を掴み上げられ、プライドは愛想笑いで返す。
 ようやく解放してもらうと、プライドは玩具屋の店先に置かれたテーブルにカードを広げた。

「オラ、好きなのやるから持ってけよ!」
「兄ちゃんのデッキ弱いし古い!」
「うるせー! 真のマジカリストは好きなカードで戦うの!」

 ぎゃいぎゃいと言い合っていると、子どもの一人がとりわけ古い騎士のカードを指差した。

「これは?」
「あ、悪ィ、それは無し。大事な貰いものでよ」

 そう言って端に除けたのを見て、ハザールが心から感嘆する。

「お前、人に貰ったモノ大切にする感性があるのか……」
「おいコラ」

 微笑ましい騒ぎに表を覗きに来た店の主人が、除けられたカードに気がつく。

「おお、こりゃ珍しいもん持ってんな」

 主人は眼鏡を押し上げて、幸運の四葉でも見つけたかのような面持ちでカードを眺める。

「十何年か前に出たっきりのカードさ。勝負じゃ役に立たんが、好事家は大枚叩いて欲しがるよ」

 その言葉に目を丸くした子どもたちが、ぎゅうぎゅうと集まる。

「えー! 見せて! 見たい!」
「順番な、順番」

 我も我もと覗き合う光景を、プライドは肘をついて見ていた。
 そんな中、人だかりを押し退けて、小さな手が伸びてくる。

「それ寄越せ!」

 小さな手がカードをひったくると、子どもの一人が警報のように声を上げた。

「兄ちゃんのカード盗られた!」

 プライドが咄嗟に立ち上がると、通りの向こうへ駆けていく背中が見える。

「おい!」
「プライド! 追いかけたら騒ぎに……」
「あれだけはダメなんだよ!」

 引き留める手を振り払い、プライドも駆け出す。やれやれとハザールも後を追った。

「待てやコラ!」

 しかし、犯人の少年はすばしっこく、街の道にも詳しいようだった。どんどん引き離され、あっという間に見失う。
 次に見たときには、買取屋から出てきたところだった。

「あんにゃろ、換金しやがった!」

 すかさず店に飛び込み、息を切らして叫ぶ。

「おっさん! いま買い取ったカードくれ!」
「高いよ」
「スポンサー! 頼んだ!」
「俺かよ! いいけどさ!」

 カードをハザールに任せ、プライドは少年が去ったほうへ再び駆け出す。

「どこだーーー! 金返せガキーーーッ!!」

 何回角を曲がったか、細い路地に出た。例の少年が若い女に金を渡そうとしている。背が高く、白い長髪の女だった。女は困惑しているようだ。
 疲れ切り、呼吸のためにまともに喋れないプライドが必死に少年を指差すのを見て、女は顛末を理解したらしい。

「ッお前、また盗んだのか!」
「だってよ、ルチア! もう払えないんだろ!」

 強い語気にも少年は臆せず言い返す。

「ルチアが困るなら、オレ……」
「お前には関係ないだろ!!」

 怒りで冷静に少年を諭すことができない女は、何か言ってはいけないことを言おうとした。
 しかし、その先は出なかった。

「……やめとけ」

 女の肩に手を置いて、プライドはそう絞り出した。ようやく追いついたハザールが、何があったのかと戸惑っている。
 我に返った女は少年に背を向けた。

「この人に頭下げて、もう帰れ」

 少年は何かを言いたげにしていたが、ぺこりと頭を下げると走り去ってしまった。女は自分の頭を掻くと、改めて深々と謝罪した。

「悪かった。金は返すよ。アタシ、ルチアってんだ」
「おれ、プライド。こいつハゲ猿」
「ハザールな、ハザール」
「そっか。……昼飯まだだろ、うちで食っていってくれ。迷惑の詫びにもならないけどさ」

***

 ルチアの働く「ヤシノキ亭」は、喫茶店と宿屋を兼ねた大きな店だった。
 旅の者も街の人間も集まり、賑わっている。
 カウンターの向こうで準備をするルチアに、プライドが尋ねる。

「金に困ってんのか? 客は多そうだけど」
「おかげさまで大繁盛だ。ただ───」

 言い淀み、周りを気にするルチアにハザールが言った。

「『大商隊キャラバンズ』か」
「……そう。ごろつきが増えてさ、街で用心棒を雇うことにしたんだ」

 しかし、それがギャング『大商隊キャラバンズ』の息がかかった人間だったのだという。

「今じゃ、馬鹿げた額のみかじめ料を要求してきて……でも、言うこと聞かなきゃ散々な目に遭う」

 プライドの気まずそうな顔に気がつき、ルチアは明るく返した。

「まあ、気にすんな。自分でなんとかするよ。ほらよ、コーヒーとホットケーキのセットだ」

 それは大きなカップに入ったホットコーヒーと、二段もある分厚いホットケーキだった。

「コーヒーだ! こっちじゃ飲めないと思ってた」
「ここには砂の土地からも船が来るんだ。何だって手に入るぜ」

 はしゃぐプライドにルチアも嬉しそうにする。
 一方でハザールは、未知の飲料を恐る恐る口元に近づけた。

「匂いはいいが……俺は紅茶のほうが……」

 一口飲むと、予想外の味に顔をしかめる。しかし、手は止まらないようであっという間に飲み干した。

「まあ、悪くないな、うん。悪くない。でも、もう一杯飲まないと判断できないな」
「おいしかったんだ」
「お気に召したようで何より」

 くすくすと笑っていたたルチアが、外の物音に表情を変える。

「あーあ、話をすればってやつだな」

 現れたのは数人のギャングだった。刃物を持っている者までいる。

「おい! 回収に来たぞ! 金は準備できてんだろうな!」
「まだ営業中だってのに……」

 エプロンを脱ぎ、ルチアがギャングたちの前に立つ。

「今日の売り上げがあれば今晩にゃ持っていける、商売の邪魔すんな!」
「今ここで出せ! 払えなきゃあ、あんたの身体で代わりにする約束だったよな!」
「馬鹿が、お前が居残るだけお前らに渡す金が減るんだよ!」

 宿の主人や馴染みの客ががルチアを止めるが、双方熱くなって収まらない。プライドはうんざりした様子で呟いた。

「またおれが食ってる最中に……」
「憲兵の目につく真似はよせ、俺たちは多分お尋ね者だぞ」

 見守っていると、背の高いルチアですら見上げるような大男が現れる。わざとらしく指の関節を鳴らし、やる気のようだ。

「ちったあ痛めつければ、可愛い女になるかねえ」
「かかって来いよ、全員海に投げ込んでやる」

 火蓋が切られ、男が掴みかかる。
 しかし、ルチアはそれを軽く躱すと相手を軽々と背負い投げた。あまりの衝撃にプライドとハザールも思わず食器を取り落とす。

「ぎゃあああああ!!」
「口ほどもねえ。三下がイキッてただけかよ」

 二人、三人とルチアが放り投げていく。そんな中、野次馬を掻き分けるように一人のギャングが現れた。

「てめえ! こっち見ろ!」

 男の腕の中では、先ほどの少年が泣きじゃくっていた。
 流石のルチアも動揺が隠せない。

「このガキ殺されたくなかったら黙ってついてこい!」
「お前、帰ったんじゃ……」
「オ、オレ、やっぱりルチアにも謝りたくって、ごめんなさ……っ」

 動きの止まったルチアの後ろから、起き上がった大男が拳を振り上げる。

「散々手こずらせたんだ、殴ってもいいよなあ!」

 野次馬の悲鳴が上がる中、ハザールだけは心の底から溜息をついた。

「ああ……勘弁してくれよ……」

 大男の拳はあっさりとルチアに交わされ、次の瞬間には宙を舞っていた。

「ぐあああ! てめえ、ガキがどうなっても……って、ああ!?」

 大男が振り返ると、少年を捕まえていたギャングも倒れ込んでいた。
 乱入者────プライドは、少年の頬を指で突いた。

「そこのガキ。お前、次に喧嘩したら、すぐに謝れよ!」

***

 日暮れには、プライドとルチアの連携でギャングたちは全員動けなくなった。

「何から何まで悪いな。ありがとう」
「いーんだよ、おれムカつくやつ嫌いなんだよ」

 ルチアと少年から感謝を受け、プライドはむずかゆそうにしていた。
 そんな光景をハザールが煙草をくゆらせ眺めていると、ギャングを回収しに来た憲兵に肩を叩かれる。

「なあ、君たちもしかして……」
「げ……」

 見つかったかと思わず後ずさるが、憲兵は笑って手を振った。

「いや、見間違いにしておくよ。それにどうせ、今晩はギャングで牢が埋まる」
「……おう、助かるぜ」

 しばらくすると、ルチアと宿の主人が大声で二人を呼ぶ。

「今日は疲れただろう。船も今日はもう出ないし、泊まっていきなさい」
「近所のみんなで料理持ち寄ってさ、宴会しようって話になってんだ。うるせえやつらも今晩はいないしな!」

 思わぬ誘いに、プライドがハザールを見つめる。

「それでいいか?」
「まあ船がないならしょうがないな。……コーヒーは出るんだろうな!」
「おうよ、何杯だって出してやんよ!」

***

 交易街の港に面した倉庫の中、ギャングが一人、とある男に土下座をしていた。

「それで、金も取れずに逃げ帰ってきたのか?」
「へ、へえ……二人とも、アホみてえな強さで……ギャッ」

 ギャングの首を大きな手で掴んだ男は苛立った声で言う。

「俺はよ、常々お前らに言ってるよな。舐められるような真似をするな。勝負で卑怯なことをするな。そして何より」

 言葉が続くにつれ、握られたギャングの首が異様な音を立てる。

「俺の仕事増やすな、だ」

 あり得ない握力でギャングの首が千切れた。
 獣のような目をした男は、死体から手を離す。

「お前は全部破った。死んで詫びろ」

二話・終

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