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Run for the Roses 第三話


#創作大賞2024 #漫画原作部門

第三話

 すっかり古びた騎士のカードは、角が丸くなってよれている。ベッドのヘッドボードにもたれかけたプライドは、取り返すことができたカードの縁に指先を這わせ微かな感触を確かめた。

 盛大な宴会の後、プライドたちは「ヤシノキ亭」の一室に案内された。一人一つの綺麗な寝台がついた、プライドには信じられないほど豪華な部屋だ。
 満腹感が身体に染みているにも関わらず、どうにも眠れないのはむしろ落ち着かないからかもしれなかった。

 あれほどコーヒーを飲んだくせに早々寝付いたハザールの鼻が鳴る音を聞きながら、プライドは外の景色をぼんやり眺めていた。港のほうはまだ明るいが、夜も更けた時間だ。通りを歩く人もほとんどいない。
 何の変哲もない時間が続き、諦めて瞼だけでも閉じようかと思い始めた頃、扉を誰かが叩いた。
 出れば、それは「ヤシノキ亭」の主人だった。

「やっぱり、あの子はいないよなあ」
「どうかしたのか?」

 プライドが問うと、主人は不安そうに答えた。

「ルチアが宴の途中で『金を払いに行く』って言って抜けてから、まだ帰ってきてないみたいなんだよ」

 プライドは眉を上げて首を傾げた。
 それから上着を掴むと、ハザールを叩き起こすことにしたのだった。

***

 ギャングの首が転がった。
 倉庫の地面に広がる血だまりに、差し込む街灯の光がぬらぬらと反射する。
 大きな木箱の積み上がった貿易倉庫の中で、部下を殺したばかりの男は手を拭ってから、つまらなそうに煙草に火をつけた。

 年は二十の後半ほどだろうか。瞳は獣のように金色に輝いている。男は上等なスーツに身を包み、ファーのついたコートを肩にかけ、革靴に跳ねた血を不愉快そうに睨んでいた。
 男から少し離れたところには、若い女が二人立っていた。一人は小さいが金髪の派手な女、もう一人は細身の長身の女だった。

 男は億劫げに首を振ると、少し離れたところに置かれた、豹の毛皮を掛けたソファにどっかりと腰を下ろす。

「ワンダーブルー。これ片付けろ」

 乱雑な手つきで指示を出す。すると、小さいほうの女が静かに頷いた。シルクハットに白いスーツの姿はまるで大道芸の手品師のようだ。背の低さに見合わぬ豊満な胸がスーツのボタンを圧迫している。

 ワンダーブルー、と呼ばれたシルクハットの女は、白紙のトランプを一枚取り出す。すると、ギャングの死体はシャボン玉でも弾けたように消えてしまった。
 男は向かいの椅子に座る女────ルチアに向かって首を竦める。

「まあ、何だ。うちの下っ端が悪かった。これで許してやってくれ」
「おいおいダリあんた……許してほしい相手にやることじゃないだろ、これは」

 ルチアは心底呆れたように首をもたげた。手は後ろで固く縛られ、胴体はその五倍は縄が巻かれている。
 ダリという男は贅沢に足を組むと指を振る。

「それはそれ、これはこれ、だ。雑魚が逸ったのは謝るがな、穏便なうちに出てこなかったテメエもよくねえ」
「金はきちんと払ってるじゃねーか。何の文句がある」

 噛みつくようなルチアの態度に、ダリは眉をひそめた。ダリの吹く煙草の煙が、倉庫の天井に向かっていく。

「正直なところ、俺にとっちゃ金は問題じゃないんだ、分かるよな。最初から俺は、テメエの親が運んだっていう何かについて聞いてんだ」

 ダリがそう言うと、ルチアは苛立ったように声を荒げた。

「だからよ、その話はもう何度もした! 知らねえっつってんだよ、親父が何年前にくたばったと思ってる!」
「あの船にはテメエも乗ってたはずだ! 見たことあるんだよ、絶対にな!」
「超能力者じゃねえんだぞ、コンテナの中身が分かる訳ねえだろボケが!」

 激しい怒鳴り合いに、ワンダーブルーが口を歪める。
 ダリは深く深呼吸をすると、煙草を踏み消した。

「……埒が明かねえな」

 ダリの視線がサイドテーブルのピストルに移った。
 すると、それまでずっと黙っていたもう一人の女が太刀を片手に笑った。背が高く、黒髪のショートヘアに黒のロングコート、スキニーのズボンという組み合わせが大人びた印象だが、今年で二十三になるルチアとそう年は離れていないように見えた。

「そんなに詰めたら可哀そう。相手は普通の女の子よ?」
「じゃ、テメエがやれゴースト」
「はいはい」

 ゴーストは自分の黒いロングコートの埃を叩くと、屈みこんでルチアに尋ねた。

「……ねえ、店員さん。何でもいいから、言ってみて。最後の日、船はどんな様子だった? お父さんとどんな話をしたのかしら」
「何も見てない、知らないんだよ! 沈没する前の晩から、アタシは風邪で寝込んでたんだから!」

 自分の意見が通らないことに僅かな恐怖をにじませながら、ルチアは必死に言葉を紡いだ。

「今でも思い出せるのは、枕元にヒマワリが置いてあったことくらいで、それで……」

 そこでダリが制止の手を挙げる。

「ヒマワリだと? 事故は冬だったと思うが」
「造花か何かだった。確か、最後に寄った港で買ってもらったんだ。花が欲しくて……」

 そこまで言ったところで、ルチアが何かを思い出したかのように止まる。
 柔らかい唇がぽつりと呟いた。

「花だ」
「何?」

 怪訝そうな顔で尋ね返すダリに、ルチアは繰り返して言った。

「花だ。船の積荷だよ、思い出した。親父は……」

 ダリの瞳が僅かに収縮する。

「『薔薇が入ってる』って言ったんだ」
「……!」

 ルチア以外の三人に緊張が走った。ゴーストとワンダーブルーは険しく顔を見合わせる。

「それでアタシも花が欲しくなって、泣いてねだって……」
「もういい。今の話……他の誰かにしたことはあるか」
「いや、あんたら以外には訊かれたこともねえよ」

 その答えに安心したのか、ダリは軽い手つきでピストルを手に取った。

「そうか。じゃあ、テメエが消えればこの情報は俺たちしか知らないってことだ」
「は、おい、待てって……!」

 ダリが引き金に指をかけようとした瞬間だった。

「旅行鞄アターーーーーーーーーーーーック!!!」
「!!」

 入口の方から何かが飛んでくる。ワンダーブルーが咄嗟にトランプを抜き出すと、透明な壁が飛来物を防いだ。
 三人が向いた方向には、息を切らしたハザールが立っていた。どうやら旅行鞄を投げたようだ。

「よし、セーフ! ちなみに今のは手が滑ったのであって攻撃ではないぞ! プライド! こっちだ!!」

 ダリが銃口を向け、荒々しく怒鳴る。

「誰だテメエは!」
「気にするな、もう二度と会わん!」

 転がるように突っ込んでくるハザールの片手には折り畳みのナイフが握られている。ルチアの縄を切るつもりだろうことは簡単に察せられた。ダリが怒鳴る。

「叩っ斬れゴースト!」
「させるかよ!」

 ハザールの向こうから、風のようにプライドも飛び込んでくる。ゴーストの太刀を防ぐと、勢いのまま二発三発と蹴りを放つ。
 プライドの腕が結晶に覆われていることに気がついたダリは、忌々しげに自分の額を撫でる。

「その腕……テメエが昼間のもう一人か……!」
「そういうおめーがギャングの偉いやつ!」

 ダリとプライドが対峙する一方、ルチアに駆け寄ろうとしたハザールは見えない壁に遮られた。

「おい、どうなってんだコレ! 透明な壁で触れねえ!」
「あのシルクハットのマジシャンチビだ! さっきから訳の分からねえ能力を使いやがる」

 焦るハザールとルチアの様子に、ダリが鼻で笑う。

「ワンダーブルーの『拍手喝采アプローズ』が作るパントマイムは、どんな実体も通さない。間抜けな姿を晒したくなきゃ大人しくしてろ」

 膠着の中、ダリは後ろ手にソファに掛けられた豹の毛皮を取った。
 ふわり、と空をかかせ、ダリは毛皮を頭から被る。それから、だらり、と両手を下げた。

「ああ……今日はどいつもこいつも俺の手を煩わせる」

 地を這うような低い声。
 毛皮の隙間から覗くダリの口元には、琥珀色の結晶が咥えられていた。

「もうめんどくせえ。全員────食い殺してやるよ」

 次の瞬間、プライドの目前には真っ赤な口を拡げた豹がいた。

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