祈り
祈りと言えば、お正月神社に行って、受験に合格できます様にとか、健康でいられます様になんてお願いした事があります。祈りとは「こうなれば良いな」「こうだったら良いのに」という事ですよね。
写真は常に現実として目の前に現れた現象しか追う事が出来ないわけですから、写真を構成する物が現実にあると言うのは理解しています。
では何故写真は祈りなのか。
私の解釈では、切り取るからと言うのが1番の理由です。
写真に映るのは「目の前に広がる世界の何か」ですね。主観的に見て現象には好き嫌いや、善し悪しというイメージがついて回る物であるし、見る事でも生まれます。
例えば、友人と遊んでいる時、目の前の世界は自分にとって、とても良い物になりますよね。けれど、その時間が終わってしまったら、寂しくなって来ますよね。世界は変わって行ってしまいます。そんな時、思い出に撮った写真があれば遊んだ時間や、友人の言葉を思い出せるかも知れません。
私たちは好きな時にシャッターを切る事が出来ます。タイミングも全て自分が握って居て、自分の好きな物だけにカメラを向けて残しておける。それが世界を切り取るという事です。
写真を撮った時に自分の中にあるのは、祈りと言うよりも、気持ちに近いものでは無いかと思います。私達の記憶は徐々に消えていってしまうのだから、アルバムをめくった時、写真に残した物が、中心になって思い出は動いて行きますよね。
写真にそんな力があるのなら、撮る行為も世界に対する祈りになっていくのだと思います。写真を少し遠い所から眺めた時、集められた写真は自分の好きな世界になっていくのではないでしょうか。
そして、一枚一枚の写真や、その集積を世界観とも呼べる様な気がします。

