3行日記|1000日続けて見えた、小さな秩序
朝の通勤電車。
いつものようにnoteを立ち上げる。
3行日記が1000回になった。
4月3日。
特別な日付ではないけれど、確かにここまで続いてきた節目の日。
まだ少し、実感がない。
始めた時には、
ここまで続くとは思っていなかった。
きっかけは、電車通勤になったこと。
毎日必ず過ごす通勤時間を、
せっかくなら何かに使えないか
と思ったのがきっかけだった。
どうせなら、継続できることがいいけれど
かといって、大きなことは続かない気がする。
だから、3行日記。
ありのままの日常を3行にする。
それなら、できそうな気がして。
何も浮かばない日も、
うっかり投稿ボタンを押し忘れた日もあった。
それでも、そんな日も含めて私の日常。
通勤電車の中で、眠る前の布団の中で綴った
3行の日記が
気づけば1000日分になっていた。
積み重ねていくにつれ、
3行日記は出来事の記録というより、
日々の自分を確かめる時間になった。
派手な努力ではなく、
小さなことの繰り返し。
それが積み重なる感覚は、
勉強を始めてから、よりはっきりした。
机に向かうことも、
3行日記を書くことも、
実は似ている。
大きく変わるわけではないけれど、
少しずつ形がくっきりしていく。
大きなことはできなくても、
小さなことなら、戻ってこられる。
その事実は、
思っていたよりも静かに、
でも確かに、自信になった。
部屋を整えること。
やるべきことが見通せていること。
家族が穏やかに過ごせていること。
私が目指している「秩序のある日常」は、
派手なものではない。
それでも、
3行日記を1000日書き続けたことで、
ゆっくりとその輪郭が定まってきた。
揺れる日もある。
整わない日もある。
それでも、またここに戻る。
その繰り返しが、
私の日常を少しずつ整えてくれる。
1000回分の日記は、特別な達成というより、
日常を積み重ねた先に、
そっと辿り着いた結果だった。
これからも、
また明日も、3行を綴りながら
同じように日常を積み重ねていく。
今日を3行で残す。
こんな小さなことだけど、
続けてみると、毎日が少し違って見えてくる。
私がそうだったように、
あなたにも、きっと。
