後天性ハッピー人間なりの持論


こんにちは、浅井にいちです
2時間前にnoteを書いたことをきっかけに持論ぶちまけタイムに入ってしまい、TLを荒らしているのでnoteに書いて落ち着こうと思います。
でももうあれこれツイートしたからな…特に言うことないかも…
一つ一つをおさらいしようかな、そうするわ


・やっぱり、私はわたしの言葉が好きでーーーす✌️
言葉って道具なしで自分を表現できる手段だからそれを自分の好きなように使いこなせるっていうのは、やっぱり武器になると思うんだよね

そうなんですよね〜〜〜(?)
わたしは絵を描けないし、写真を撮るのは好きだけど目を惹くようなものは撮れない。スポーツも音楽もその他諸々も得意ではない。
でも、自分のもっている言葉だけは使いこなせる。逆に言えば、言葉だけが「わたしらしさ」を表現するための道具になり得るというか、なんというか。
難しい言葉は知らないし、素晴らしい表現技術もない。ここまでを読んでいても分かる通り、い抜き言葉を使いまくる(と思いきやちゃんと使うときもある)し、文章の書き方の基本もなっていない。
ただ、とにかく、自分の思ったことや考えたことを自分のもっている言葉で表すことはできる。31音に込めることができる。たぶん天才。
あと、言い回しが独特なときがあるのも好き。


・万人に好かれることはないけど、嫌われることもないよね
・自己愛少なめ人間だったけど、自分を一番解るのは自分だな〜と思ってから愛しく思えるようになりました✌️
・自分の短所をどう生かすか、どう見せるかって結構大事だな〜と思う。悲観し放題人生か、開き直り逆転人生か選べるし。

自分のことを一番好きなのも嫌いなのも自分だと思うからこそ、自己理解を深めてうまく付き合っていきたいよね。自分とはぐれないためにも。
短所を誰にどれだけ見せるかは人それぞれだけど、わたしはある程度関わりができるとあえて短所の一部を見せるようにしてる。相手の中でのわたしが美化されたあとで短所を知られて「そんな人だと思わなかった」と思わせないための自衛。


・素晴らしい経歴など一切なく、どちらかと言えば「あまり他人に話さないほうがいいだろうな」という経験が多い人生だけど、だからこそ「そんななのにこの考えに至ったことがすごくない?わたしって最強かも❣️」と思って生きてる。スーパーネガティブ人間と後天性ハッピー人間を兼任してるだけある。

人生のあれこれについてはいつか書き遺すつもりなので今日は端折るね。
元々がスーパーネガティブ人間だから、一つのことを悲観しようと思えばできるんだけどすんんんごく疲れるからしなくなったんだよね。
その代わりに、「こんなでも仲良くしてくれる人たちがいるってことは、その人たちにとっては私は良い奴なんだな❣️」というふうに思うようになった。わたしは人の好き嫌いが多いからこそ、素敵な人たちが周りにたくさんいるのね。その素敵たちがわたしを好いてくれるということは、同じくわたしも素敵ってことにしてる。
あ、一連の流れとは別だけど大事なことを思い出した!

・悪いことが起きるとタラレバしたくなるけど、数ある選択肢の中でもこれが最善だったと思うようにしてる。
「あのときああしてたらこんな事にはならなかった」じゃなくて「あのときああしてたら、これよりもっとやばい事になってたかもしれないからこれくらいで済んでよかった」と思ったほうが良い。

これはね、ネガティブ仲間たちにぜひ真似していただきたいです。いや何の保障もないけど。
時間は巻き戻せなくて、起きたことも変えられないから、それを自分に受け入れさせた上で沈まないようにする方法の一種として役に立てたらいいな。あ、なんか図々しいかも。


・わたくしがどんな意見や価値観で生きても、他人に直接害を与えない限りは自由で、すべて自己責任ですからね

これに尽きる!どんな選択をして泣いても笑ってもぜーーーんぶ自己責任なんだよね!否定的に思う人がいても「こういう人間もいるんだな、変なの」と思った上で、ほっといてほしいんだよね!

というお話でした♡笑


恥よりも幸の多い人生にしようね