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『産まれたての日々』感想

感想文が苦手なので、思ったことを箇条書きで書いたり、文章で書いたりしていくつもりです。
失礼な表現もあるかと思います、先に謝ります。申し訳ないです。でも、本に書いてあること全てに対して、否定する意思はありません。おおよそ事実として扱い、意見させていただきます。

(書き終わってからこの括弧を書いてるけど、自語りもだいぶ含まれます。すみません。)



はじめに


本の目次で泣いたのは初めてで、びっくりした。
第一に、自分が経験したことをここまで詳細に書けることがすごい。わたしもいつか人生を書き遺すつもりだけど、こんなふうに書けるとは思えない。
記録として残っていることも、記憶として残っていることも書かれているけれど、とてもしんどい作業だと思う。執筆、本当におつかれさまでした。
こういう内容のエッセイを書くのは、過去の自分と対話することでもあるし、古傷を抉るどころか新たな傷を増やすことに繋がるかもしれないから、わたしはできないままでいる。っていうのを書くと話が逸れるからここまで。

ここから、読みとったことをうまく書けるか分からないけど、読んだときの感情を忘れたくないのでどうにか書く。


・「なんでこの人は、こんな父親を愛そうとしてしまうんだろう。手を離せば良いのに。家族だって、他人だから、そこまで責任を負わなくていいのに。」


これは責任感のなさすぎるわたしだから思うんだろうか。"ふつう"なら、壁さんのように自分を削ってでも寄り添おうとするんだろうか。わたしは、自分を蔑ろにする(した)人のために心身を削るのは避けているから、それをしていることのしんどさを想像して勝手に泣いた。
・家族とは義務ではなくて権利です遺伝子よりも意思が大切
・地獄でも家族でいよう来世では他人になろういざ阿鼻地獄
浅井にいちの、この短歌を思い出した。
これは紛れもなく自我短歌なんだけど、壁さんの家族を勝手に重ねた。


・「そんなに自分を責めないでほしい。なにも悪くないのに、あれにもこれにも直接作用していないのに、なんでそんなに自責的で自罰的なんだろう。やめてほしい。」


これは序盤からずっと思ってた。ずっと悲しかった。でも、自責的になるには十分すぎる環境だったとも思う。環境はそうでも、性質までそれに寄らなくても良かったんじゃないかと思う。でも、人間の性質は生育環境に左右されるから、それもしかたないことなのかもしれない。それも含めて、とにかく悲しい。「こんなふうに思わず、もっと自分にやさしくできたらいいのに」と、無責任に思いながら読んだ。


・「今後、このレベルのことが自分の家族に起きたらどうしよう。いよいよ終わりだな」


いつか書くけど、我が家もなかなかおわりなので今以上にでかい問題が起きたら今度こそ崩壊すると思う。壁さん一家とはちがって、責任感も問題処理能力も低い人間の集まりだから。こんな私が最高値であることで、察してほしい。
全員がそれぞれしんどい状況で、それでも問題をどうにかしようとする冷静さと言うか知能というか、それがあるのがすごいと思った。わたしは、いやわたしの家族はそういう点では本当にポンコツで、同じような問題が起きてもどうにもならないと思う。対処法があっても、それを実行するのがギリギリもしくは手遅れになって、本当に「終わり」になるんだろうな。話が逸れてしまったので、これはここまで。


・「わかる、わかるわかるわかる。好きなのに、好きだからこそそう思うんだよね」


これは、本書の150ページあたりを読んでる時に思った。ある意味、一番きつかった部分かも。園佳さんが旦那さんに言ったのと似たことを、10代の頃のわたしが恋人に言っていた。「わたしじゃなくて、もっと優しくて、すぐ泣いたり怒ったりしない人と付き合った方がいいよ。わたしといても幸せになれない。」って、泣きながら言ったのを思い出した。その恋人は、「そんなことない。俺はにいちが好きで、にいちと一緒にいたいよ。俺の感情を勝手に決めないで。」と言って、肯定して、否定して、叱ってくれた。
これを言ったのは、本当にそう思ったからだった。でも、当たり前みたいな顔して否定してほしかった。言ってほしいことを言ってもらった。
「俺の感情は俺にしか分からないから、にいちが勝手に考えたことで決めつけるのはやめてほしい。未来のことも分からないのに、不安にならないでほしい。」みたいなことを言われた。10年以上前のことだからぼやけてるけど、ほぼこのままだと思う。
園佳さんと旦那さんの会話からも、似たものを感じた。重ねて読んだ。好きだからこそ、信じたい。好きだからこそ、信じるのがこわい。試すまでもなく、彼なりに愛情を向けてくれているのは分かるのに、それを素直に受け取れない。その矛盾を読みとって、苦しかった。


・「私と妹みたいだな。」


園佳さんとお兄さんの、境遇の違いにそう思った。わたしには妹がいて、母と仲が悪かった。妹の性格やおそらく持っているであろう特性と、母の性格の相性は最悪と言ってもいいくらいで、成長するにつれ悪化した。それに比べて、わたしは母と仲が良かったと思う。本当の意味で否定されたことはきっとない。でも、妹は。ちょっと、泣いちゃいそうになったから今回は濁すけど、本書でのお兄さんと近しかった。わたしは遭わない状況になるたび、「もっと上手くやればいいのに」と思ってた。やらないんじゃなくて、できないんだよね。今なら分かる。わたしもいつか、妹と対話できる日がくるだろうか。家のことについて、お互いが知ってること、思っていたことを開示し合える日はくるだろうか。なんて思っているのもきっと私だけだから、私の自己満足のために抉り合うのは避けたいけど、もし実現したら、そのときにやっと、過去の自分をゆるして、本当に死にたくなるんだろうなと思った。感想と関係ないことを、すみません。でも思ったままに文章を打っているので、記録として、書かせてください。

・「他人の苦しみにまで目を向ける、想像するなんて、やさしすぎる。そりゃくるしい。でも、目を向けられた側にとっては救いかもしれない。」


終盤で、父親の生育環境について考えているところを読みながら思った。虐待は連鎖する。これは読みながら思ってた。父親の、子どもとの接し方が、どうにも望ましくない。性格か?だとしたら何でそんな性格になったんだ?何が原因で?と考えると、生育歴ではないかと思っていた。事実は分からないけど、可能性は高い。それに、年齢から考えると家族に限らず、他人からの暴言や暴力が今よりもっと身近だっただろう。ひとつの歪みが、どれだけの影響を与えるか、誰にも分からない。はじまりの歪みはほんの小さなものでも、時間をかけて大きくなっていく。気づいた時には原形も分からなくなってしまう。
話を戻して、虐待は連鎖することについて。親が子を愛し、護るというのは理想的な親子関係だと思う。これがどれだけ実現されるかは、子の人格形成に深く関わるとも思う。しかし、親も人間だから、全員が上手くできるとは限らない。初めて親になるとき、手本になるのは身近な"親"だった人だ。自分を育てた人間を手本にすることがほとんどだろう。その手本が、"正しい"とは限らない。子育てに正解はないし、"望ましい"も個人差がある。わたしが思う最低限は「一人の人間として関わり、尊重すること」である。子どもは親の所有物ではない。何をどれだけ施したとしても、それに見合う対価を搾取しようとするのは愛ではないし、理不尽だとさえ思う。
衣食住の保障をしたとして、さまざまな経験を提供したとして、子がそれに対して応えるとは限らない。親が望むとおりの人間には、ならない。なぜなら、別の人間だから。子にも意思はあるから。親は、選択肢を用意するだけ。どのような選択肢を用意できるかは、親の技量というか、とにかく親次第。金銭とか思想とかそういうものによる。言い方は悪いけど、用意された選択肢は、親の押し付けとも言える。選択肢は多い方がいいかもしれないけど、子によっては応えるものの数やプレッシャーに耐えられないかもしれない。やばい、何が言いたいかわからなくなってきた。
壁兄妹は、教育や金には困らずに育ったと思う。それは良いことだ。でも、精神的に護られていたと思えない。それなのに、自分を傷つけ続けた父親に寄り添った。家族だからなのかもしれない。でも、それでも。うつになって入院を繰り返す父親と過ごす時間は、どれだけしんどかっただろう。「会いたくない」が本心だとして、「寂しい」が本心だとして、その矛盾に向き合うことのしんどさを想像して苦しくなる。父親は父親でしんどかったんだと思う。自分が正常ではなくなっていくことへの恐怖。誰にも会いたくない、生きているのがしんどい。でも、今すぐには死なない。この矛盾を、見捨てずにいてくれる我が子たちが救いにならなければ、何が救いになるのか。本書の最後まで、園佳さんやお兄さんのことを蔑ろにしていることに憤りを感じた。救われようとしないくせに、縋るなと思った。でも、「死ねば解決する」的なことを言いながらも死なないのは、きっと生きたまま解決したい気持ちもあるのかもしれない、と少しだけ思った。死ぬことで逃げないという選択をしているというか、なんというか。それにしてもまあ、迷惑をかけすぎていると思うけど。


書いているうちに何が言いたいのか分からなくなってしまったけど、主な感想はこんなかんじ。


おわりに


冒頭でも言ったけど、これを書き上げるのは本当に大変なことだったと思う。おつかれさまでした。
わたしが壁さんを知ったのは、文学フリマ東京40の頃。
『どうにかこうにか、ふたり楽しく生きる日々』のタイトルと表紙デザインに惹かれて、事後通販で手に入れた。電車の中で読んだのを覚えてる。共感できる部分が多くて、嬉しかったのも覚えてる。
『いつでもちゃんと自分を思い出せる』も一緒に購入した。実はまだ読めてない。他人の人生のしんどいことを追体験するのがこわいから。でも、今回『産まれたての日々』を読めたから、近いうちに読む。

壁さんと知り合って約半年。
壁さんの言葉がすごく好き。
だから、わたしの短歌を好きだと言ってくれていちごつみをしたり、交換日記をしたり、四文屋でお喋りしたり。そういうのすべてが嬉しい。
知れば知るほど、言葉の説得力が増していく。「この人から発される言葉は信頼できる」と思える。
わたしが知っているのはほんの少しだとしても、知っている限りの壁さんが大好きです。


大切なことを書いてくれてありがとう。
どんなに大変でも、生きることが分からなくても、生きるを続けてくれてよかったと心から思います。


ここまで、読んでくれてありがとうございました。