夏の湯治⑤【珠玉の温湯巡り 長野県丸子温泉郷 前編】
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長野県の上田市と松本市の中間。美ケ原高原の東側の麓にあるのが「丸子温泉郷」。鹿教湯(かけゆ)温泉、大塩温泉、霊泉寺温泉の3つから構成される。
さほど知名度は高くないようだが、共同浴所や温湯を愛する温泉好きには垂涎ものの一帯。国民保養温泉地にも指定され、歴とした国が認める温泉利用による健康効果が認められる保養地だ。
滞在中の青木村から車で20分程南下。まずは昼前、鹿教湯近くの「そば処奈賀井」で腹ごしらえ。母と2人、田舎そばと更科そばを注文。
運ばれてきた色のコントラストにまず驚く。黒(田舎)と真っ白(更科)、どちらも手打ちの十割蕎麦だ。のど越しと歯ごたえが全く2種をいただく。甲乙つけがたい美食に大満足。
その他、四季蕎麦、柚子切り、挽きぐるみ蕎麦など。この店にまだまだある十割手打ち蕎麦。爪の先を触れたほどだろうが、蕎麦大国長野県の実力を垣間見た。こんな蕎麦屋が長野には1,100軒以上も存在するそうだ。底が見えない。
腹を満たし向かったのは、丸子温泉郷の最奥「霊泉寺温泉」。
田沢温泉が島崎藤村なら霊泉寺は武者小路実篤が逗留した地。文豪には必ず常宿がある。紙と筆一つで宇宙を創った天才たち、さぞ肩や首が凝ったことだろう。腱鞘炎や神経疾患を患った作家も多いと聞く、癒しを求めたのは「源泉」。温泉地に文豪の足跡が残るのはこのためか。
霊泉寺には家族経営の小さな旅館が4軒。この日は誰ともすれ違うこともなく静寂に包まれていた。街を歩いていると、その存在に気付かず通り過ぎてしまう。
「霊泉寺温泉共同浴場」
廃業した床屋にも見えなくもないコンクリート壁の外観。目を凝らすと確かに入口に「入浴料200円」の文字が(※宿泊客は無料で入れる)。鄙び系を趣向とする者にとっては堪らないだろう。
昔ながらの銭湯を彷彿とさせるタイル張りの内壁。紗がかかったように湯気がもくもくと立ち込める。43度の源泉は少し濁りの効いた白濁系アルカリ性、温泉ミストを鼻から吸引し、かけ流しであることを確認した。
五感でしっかりと湯を効かせる。
この地は震災後に36度の温湯源泉が噴き出し、2本の源泉を愉しむことができる。神は大型開発をせず、源泉を大切に守ってきた街に天与を送ったのだろう。
日本秘湯を守る会所属の「和泉屋旅館」は、内湯43度、露天36度を交互浴でいただける。どちらもアルカリ性の泉質で入りやすく、長湯は避けられない。以前宿泊でも訪れたこともあるが、明るい若女将におもてなしと日本酒の利き酒を楽しめる。
この辺りは松茸の宝庫。秋口には観光客で賑うようだが、一昨年の台風19号で別所線の鉄橋が崩落、昨年は疫病拡大の打撃は大きかったようだ。また一つ、老舗旅館が廃業していた。街の灯りが消えないことを願いつつ1時間の長湯。再訪を誓った。
丸子最大の温泉街である鹿教湯温泉に向かう途中、ここにも珍湯が一件。かつては宿があった面影が残るが、現在共同浴場のみが残る「大塩温泉」。
国道254号線からスッと小高い丘へと駆け上がると、見えてきたのは「公民館」。何とここコンクリ造りの公民館の一階に、かけ流しの源泉が配湯されているのだ。外観だけでKOされてしまいそうだ。
別府温泉の街中でも同じ造りの温泉を見たことがあるが、東日本数々回った中では上位に位置する珍湯。食堂併設「巣郷温泉 でめ金食堂」は料理を注文するとタダで湯に入れる。未湯だが、別府には競輪場に温泉が併設されているものもあるそうだ。
前回ここを訪れた際、一番風呂を決めようと13時50分に湯に到着していた(この湯は14時オープン)。入口にある募金箱に200円を投金し脱衣所へ。だが、フライングダイブを愉しんでいるおじさんが2名。
当然と言えば当然、実用性を兼ね備えたこの湯。地元民たちは集会を終えた後だったのか、営業時間にかかわらず入れるようだ。この人たちにはどうやっても勝てない。
今回は14時半の到着、先客が出た後だったのか独泉に成功した。お世辞にも綺麗な浴場とは言えないが、36度の弱アルカリ性源泉は鮮度抜群。ここでも1時間の閉眼浸湯。さすが珍湯に名湯多し。地元民は毎日この湯に浸かれるとは羨ましい限りだ。
連湯の後は沓掛温泉の宿に戻り、また1時間温湯に入るのであった。
令和3年6月19日


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