難病営業マンの温泉治療①【長野県沓掛温泉】
凛凛と生い茂る山々、清廉な空気と清流の音に抱かれた静養に適した地。日本の国土の7割が山林、探そうと思えば難しくない。
だがそれに加え、地元民に愛される共同浴場があり、それも源泉かけ流しを温湯(ぬるゆ)でいただけるとなれば、易々と見つけられはしないだろう。
豪華な食事などいらない、美味しい水と米、卵に味噌汁、山菜等があれば十分だ。
長野県は青木村 「沓掛温泉」は、そのすべてを叶えてくれる―――
約1年振りの本地訪湯。持病の二次障害とも言える神経疾患に蹉跌しながらも、再びこの地にやってきた。東日本を中心に数々巡ってきた温泉街の中でも、これほどまでに魅了された温泉地は片手ほどもないだろう。
昨年訪れた共同浴場「小倉の湯(200円)」は、大小それぞれ温湯と加温浴槽があり、地元民で賑わっていた。注がれているのは二種の源泉だ。
温湯に浸かりながら皆眠っている。備え付けのシャンプーや石鹸などの備品は勿論ない。これぞという共同浴場の姿形に思わず頬が緩んだ。
柔和な硫黄臭が漂う共同浴場の横には、一瞬足湯と見紛う洗濯場がある。大量の源泉がドバドバと落とされ、種籾袋が槽底に沈んでいた。この村の人々は、源泉で種籾をするようだ。
その他、漬菜、洗濯、洗車にまで、この湯を使用できるのだという。ここまで日常に溶け込んだ湯が、良泉でないはずがない。
本旅投宿は2019年にリニューアルオープンしたという素泊まり専用「叶屋旅館」。廃業した旅館を館主自ら手直ししたというこの宿。こちらで2泊枕を借りる。
二階建のこぢんまりとした素朴な外観。豪華ではないが、安穏、平癒を求める私にとっては極楽への入口のよう。築年数はそれなりに経過しているようだが、館内は清掃が行き届いておりほっとする。
女将さんに出迎えられ、闘病中の身にあり安逸を求めこちらへ来たことを伝えた。実はこちら叶屋旅館の館主も、原因不明の難病と闘い、5年間の湯治生活を経た後、会社勤めを辞め今に至るのだという。
夕刻、戸の向こうから私の名を呼ぶ声。
襖戸を開けるとご主人の姿が。私が湯治に一縷の望みを託し、ここに辿り着いたことを奥様から伝え聞きたそう。居ても立っても居られず、声をかけてくれたのだという。なるほどがっしりとした肢体からは、指定難病を持つとは想像できない。
そう、これが、キツいのだ。
「健康そう」
「サボっているのでは」
「病気なんて気のせいだ」
「心を鍛えれば治る」
まるで自己との遭遇。
聞けば聞くほど私の歩んできた10年の闘病史そのもの。時間を忘れ、気が付くと1時間が経っていた。程度の差は分からないが、私よりも長く、原因不明の難病に苦しんでいる方がいる。そしてそれを乗り越え、湯治場のオーナーになるという夢を叶えてたご主人様。
「会社に対して申し訳ないというお気持ち、痛いほど分かります」
「でもその気持ちは捨てた方が良いと思います。今はご自信の身体を大切にしてください」
この言葉は病臥して以来、実に多くの人がかけてくださったものだ。
だがこれほど琴線に触れたことはなかった。本当に病気で苦しんだ者にしか分かり得ない二人だけの空間。そこで放たれた一言は、リフレインの如く胸に鳴り響いた。
オーナーの今井さん。10年前より極度の睡眠障害と全身の痺れを発症し、2年間会社を休職。偶然にも現在の私と同じ33歳の時だったそうだ。その後現在の主治医に出会うまで、湯治生活をしながら転院を繰り返したという。
周囲から理解を得るのにも苦難し、医師からも心無い暴言を吐かれることも経験したという。元々は兵庫県在住、湯治生活の中で長野県上田市のクリニックで現在の主治医に出会う。
診断名されたのは指定難病69、後縦靱帯骨化症(OPLL)、発見が難しく100人の患者が受診しても3人しか断定がされない難病のようだ。すぐに手術をしたものの、骨化した人体は完全には取り除くことはできず、温湯源泉に浸かりながら薬理療法と沓掛での温泉生活で、今は旅館業ができるまでには回復しているようだ。
出会って僅か1時間、既に心の内を知り尽くした旧友のように感じられた。この日は、比較的よく眠ることができた。
こちらでの夕朝食は旅館隣の「味処 千楽」へ。この食堂もかつて休業状態だったそうだが、今井さん夫妻が隣の旅館を継ぐと聞き再営業をしたのだという。女将さんも若い夫婦を実子の様に思っていると語っていた。
夕食は山菜の天ぷら定食。季節の変化にすら鈍感になりつつあるこの頃、そういえばもう山菜時期だ。こごみ、こしあぶら、ふきのとう等、好物の山菜を揚げたてでいただく。
「作り置きはしないよ」
誇らしげに語る女将さんの横顔は、定食屋経営者だった祖母を思い出す。
朝食はセルフスタイルで納豆や卵、女将さんのお手製の漬物と味噌汁が並ぶ。食が細り一日1食の日もざらにあったここ数日、久々に朝から箸が進んだ。
旅館の湯も当然かけ流し、完全貸切制の浴槽が二据。冬季は冷えるためボイラで加温。温湯源泉の適応症を損なわないための配慮から、40度以下程度になっているようだ。夏場となれば、1時間2時間と入っていられるだろう。
通院と宿の予約の都合上、長居出来なかったのが残念。
共同浴場に清潔な宿、美味い食と温かい人々。青木村沓掛温泉はどこか懐郷の情に駆られる。また闘病というリングに向かう若輩者を、優しく送り出してくれるようだ。
「またいつでも帰っておいで」
そんな声が、今にも聞こえてきそうな晩春の青木村。東京より遅れること2週間、こぼれ桜が山肌を染めていた。
令和3年4月26日
<次回はこちら>
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