さすらいの秋旅 弾丸三県湯巡りへ②【福島を行く 念願の朝ラー】
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那須湯本温泉街のメインは、主に県道17号沿いのホテル旅館群から形成される。国指定名勝「殺生石」や「温泉神社」といった観光スポットも並びにあり、例年であれば紅葉時期となると多くの観光客で賑う。
そんな温泉街の一角。「鹿の湯」から石畳風の狭路を下って行くと、水を打ったように静かな民宿街に出る。湯治客や温泉愛好者が狙うのはこちらだ。
10~20ほどあるだろうか、閉業してしまっているものも見受けられるが、年季の入った民宿がわらわらと。多くは素泊まり3千円台や2食付き6千円台と、湯治客や朝の早い登山家には優しい価格帯で提供されている。
経営者の高齢化が進んでいるためか、多くはネット予約が出来ず直接電話予約をするのが基本となる。
私が今回枕を借りたのは「民宿くさの」。
温泉街の川下にあり、こちらは予約サイト「じゃらん」でも予約が可能だ。一泊3,500円(税込)と安価でありながら、部屋も割と綺麗なので多用している。
館主 「紅葉ですか?」
私 「いえ、湯治です」
館主 「若いのに珍しいね。ここの源泉は効くよ」
世話好きなお爺さん。部屋で暫く会話が続く。
曰く、この一帯の気体に含まれる硫化水素ガスの影響で、テレビなどの家電製品は3年持たず壊れてしまうという。同じ話を、那須塩原最奥にある大出館の館主からも伺ったことがある。
強力な酸性泉でもあるこの源泉は、コンクリートをも溶かしてしまうそうだ。鹿の湯をはじめ、他二つの共同浴場も浴槽が木枠なのはそのためだという。
一帯の民宿は源泉を引湯しておらず、地元民専用の共同浴場を使用することとなる。チェックインの際に共同浴場のカギを貸与され、それで「滝の湯」と「河原の湯」を開錠する。朝5時から23時まで、もちろん入り放題だ。
夕食は部屋にて弁当で済ませる。確か以前は食事も提供していたはずだが、現在は素泊まり専用となっていた。
共同の電子レンジを使っていると女性客とすれ違った。誰もいないと思ったが、この日は金曜日。少しずつ人流も戻りつつあるようだ。
女性2名、登山目的での投宿らしいが、翌日は雨予報。ただの温泉旅行になりそうだと話す。翌朝、早朝5時台に発った彼女達。結局山には登れたのだろうか。
「滝の湯」と「河原の湯」は、熱湯と温湯の2つの湯船があり、どちらも白濁硫黄泉がかけ流しにされている。多くの観光客が出入りする鹿の湯よりも、ゆっくりと湯を堪能でき、しばしば独泉となった。
強酸性泉とあり、肌は少々荒れたものの、やはり内側に成分が滞留するのが分かる。湯上り後も身体が冷めず、関節痛はかなり楽になった。
”温泉は安いほど良い”
通の間ではよく知られた言葉だが、それにそのまま服を着せたような那須湯本の共同浴場。このような湯治場の原風景が残る温泉街も、荒廃に歯止めがかからないのが現状だ。どうかこの地にも、活気が戻ることを願う。
翌朝5時、「滝の湯」で一番風呂を決め、7時には那須湯本を発つ。
ご主人と女将さんはパジャマ姿で見送ってくれた。早く出たのにはある理由があった。
小雨がパラつく中、県道17号を北へ進み福島県へと突入する。
本旅のメインにおいていたのは、奥会津、只見線沿いの共同浴場巡り。その発着点である会津若松に到着したのは9時前だった。
喜多方が本丸だろうが、この地にも文化として根付いている「朝ラー(朝ラーメン)」。一度体験をしてみたかったのだ。
この日は濃厚源泉の連湯を計画しており、発汗により多くの塩分が失われることが想定される。脱水症状を起こさぬ様塩分チャージ。 初訪の「うえんで」は、昭和47年創業の歴史を誇る老舗だ。
10分前に店に到着すると、既に順番待ちの列が出来ている。
記帳を済ませ、しばらくすると名前が呼ばれた。コの字型のカウンター、ギリギリ1巡目に滑り込んだ。
注文は「会津山塩ラーメン」。
「ズルズル!」
かなりあっさり系の透明スープ。飲み会の締めには若干弱いかも知れないが、朝にはちょうど良い。ほんのりの塩味が来た後に、地鶏の旨味が口に広がる。確かに、これなら毎日食べられそう。なかなかの逸品だった。
快食の後、ここからは新潟方面へ。柳津町を経て金山町を目指す。実に4年振りに、只見川沿岸の超個性派温泉群を攻める。
ここ数年は体調の変化もあり、ハードな連湯からは卒業し、1カ所逗留型が主な入浴スタイルになっていた。
身体も冷え始め、そして病の全容が明らかにならないまま、新しい境遇を迎えるこの秋。そんな都会での暗然たる思いに耐え切れず、私の心は「さすらい」を無性に求めていたのだ。
令和3年10月17日



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