さすらいの秋旅 弾丸三県湯巡りへ⑤【歌姫に、哀悼の意を込めて】
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今旅2泊目の宿は、宮下温泉「ふるさと荘」。昨年11月に一度閉館した施設らしい。過去に何度かこの道を通り過ぎているはずだが、その際は気に留めなかった。
今年になり経営者がバトンタッチ。建物は町の物で、指定管理者として現オーナーが内側の運営を引き継いだのだという。数日前に決めた旅程とあり、予約が出来る宿も限られていた。土曜で一人泊、選択肢は少なく、正直この宿にそれほど大きな期待はしていなかった。
到着は16時、フロントのおじさんに迎えられる。
チェックイン手続きを済ませ、無粋と分かっていても、やはりしてしまうこの質問。
「湯元はどこですか??」
温泉で最も大切なのは「鮮度」という温泉専門家は多い。
源泉は空気に触れるだけでも劣化し、ポンプを伝う間にもその個性を失ってしまう。残念ながら日本の温泉地の多くが湯量不足に駆られ、湯を循環し消毒剤が散布されているのが現状だ。
邪推かも知れないが、胸を張って源泉の使用方法を答えられる旅館スタッフの方が少数派ではなかろうか。
「すぐそこに湯元がありますよ」
予想を裏切る快答だった。
湯族の一味であることを伝えると、一緒に玄関を出て湯元を案内していただいた。確かに旅館の目と鼻の先、距離にして2mもないところに小屋が立っていた。
「こちらの源泉は自噴です」
ポンプアップをしていない点もポイントが高い。感嘆する一方で、こんなにも貴重な源泉を持つ宿が廃業に陥った思うと、乾いた風が心を抜けるようだ。
ロビーに戻っても尚、おじさんとよもやま話が続く。この日予定していた団体がキャンセルとなったそうで、客は私一人しかいなかった。
こちらの男性、同福島県の安達太良の麓「岳温泉」のご出身だという。
年中行事で温泉街を這うパイプの掃除を行うなど、生まれた時から温泉に触れることが多かったという。社会に出てからも旅館業に従事し、そろそろ還暦を迎えるとか迎えないとか。
運営会社の「伊勢屋」は、奥羽三名湯に数えられる飯坂温泉にて旅館を運営しており、こちら「ふるさと荘」が売りに出されたと聞き社長が手を挙げたそうだ。
諸々のリフォームを済ませ、再オープンを果たしたのは3か月前のこと。予約を各社旅行サイトに間口を広げ、リノベーションを図ったという。
奥会津地域は水力発電が一大産業のようで、客の多くはインフラに携わる業者だという。
案内された部屋は10畳ほどの和室、小さいが縁側もあり、机と椅子が置いてあるのは有難かった。座卓は腰と膝がやられてしまい、PC作業には向かない。事前情報はなかったが部屋にはWi-Fiも飛んでいた。簡単な作業を終えると、浴衣に着替え浴室へ。
こちらは内湯が一つのみ、55度の高温源泉を絞り適温配湯している。
源泉は茶褐色。この日は連湯が続いたためか、湯に入るとすぐに頭皮から汗が噴き出した。長湯は危険とジャッジし、10分程で湯から上がる。流石にグッタリときた。
ロビーで休んでいると先ほどのおじさんが声をかけてくれた。旅館業に従事して40年、根っから接客業が好きなのだろうか。
男性 「どうですか?こちらの湯は」
私 「素晴らしい、ここは存じ上げなかったです。復活してよかった」
男性 「社長が気に入ったんです。飯坂は単純泉ですから、対極ですよね」
ソファーに腰掛け話し込むこと10分。
来館してからずっと気になっていたある質問をぶつけてみた。
「なぜ、テレサテンなのですか??」
到着してから、館内はフロントから2階の廊下まで、永遠とテレサテンの曲がかかっていた。ヒーリングボイスが心地よく、何の違和感もなかったが。
男性 「実はですね。彼女、うちに泊まったことがあるんです」
私 「ええっーー??」
男性 「まだ彼女が来日間もない頃です。後年のヒット曲が世に出る前」
有線で「つぐない」が爆発的なヒットをする数年前、ここ三島町は「ふるさと運動」として特別町民を募集していたのだという。
曲のプロモーションも兼ねて申し込んだ彼女を、町を上げて歓迎したのだそう。
訪館した際に行ったミニコンサートやサイン会、その宴会場は当時と形を変えずそのまま残っていた。そして、私が今回泊まる部屋の2つ隣は、彼女の寝床となった部屋だった。
かつては台湾からの訪日客も多く訪れたというこの宿、それを知るほど、この宿を潰してはならないと強く感受。
睡眠前にもう一度源泉に浸かり、汗が引いたところで布団に入る。
導入剤代わりにyoutubeで流すのは、「時の流れに身をまかせ」。
極度の不眠症持ちだが、この日は穏やかに眠りについた。
翌朝5時、朝風呂に浸かり目を覚ます。ここから更に西へ、新潟県は魚沼市を目指す。
チェックアウトの瞬間。
男性 「お早いですね」
私 「これから新潟へ。素晴らしいお湯でした」
男性 「ありがとうございます。またお越しください」
「ふるさと荘」の復活を誰よりも喜んだのは、冥界のアジアの歌姫かもしれない。
哀悼の意を表します。
合掌
令和3年10月20日



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