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シロクマ文芸部|甘い記憶のゆくえ

#シロクマ文芸部『甘いもの』からはじまるお遊び企画  

甘いものを世界から消滅する指令が出たのは10年以上前になる。
当時の大統領命令だったという噂があるけれど、本当かどうか誰も知らない。

かつてスイーツと呼ばれる食べ物があり、嬉々としてそれらを獲得しようとした時代があった。
ケーキショップがショーケースを美しく飾っていたことも、デパ地下でお目当てのチョコレートのために整理券を入手して行列したことも、陳列されたきらびやかなパワーに抗えず、両手にあまるほど買いこんだことも、小学生の息子に話したところで全くリアリティがないのはしかたのないことだ。

彼には生まれたころからバレンタインデーが存在しない。

わたしの大好きな生クリームがたっぷりのった苺ケーキは、かつてお皿からこぼれそうなほど大きかった、と母から聞いたことがある。「美味しくても食べきれないから小さいサイズをオーダーしていたくらい。どうしてなくなっちゃったのかしらね」

覚えている。世界中の甘いものがどんどん縮小され、ほとんど原形を保てなくなるほどちっぽけになってゆくプロセスを。
まるで得体のしれない巨大なものから支配されているような、不穏な表情をした街のようすを。

砂糖や甘味料、カカオや乳製品までもがつぎつぎとコンパクトになってゆき、やがて姿を消してしまった。代用を果たしていた植物の樹液や芋類、こうじすら規制され、消滅した。
街からケーキ屋さんが消え、パン屋さんも廃業に追いやられ、スーパーのスイーツ棚も撤収された。

今では甘いものという概念はもちろん、生クリームなんて一度も口にすることなく一生を終える子どもたち。言わずもがな、わたしの息子もだ。

彼らにとって、美しいショーケースを飾る輝くようなスイーツは「懐かしの映像」の中でしかない。それらがどんなに魅惑に満ちていたのかも、うっとりするほど美しく精巧なパッケージに包まれていたことも、きっと体験することはないのだろう。

けれど、AI開発を研究する息子の世代に甘いものは邪悪な存在のようだ。
昔はよかった、甘くてキラキラして見ているだけでみんな笑顔になったと想い出に浸ることすら、過去の亡霊に支配された愚かな行為らしい。

ドライな彼らの認識は明白だ。
脳が糖分によって偽の快楽ホルモンを感じ、歯止めが効かず依存してしまう。だから、脳にも腸内細菌にもリスクだらけで、ギミックで、メリットはひとつもない。すでに世界から消滅した〈タバコ〉や〈お酒〉と同じように、満足感への代償行為なのだと。

そして、

「ママたちは、甘いものによって、なにかから逃げていたんだね」

静かに言い放つ彼は、わたしを憐れんでいるようにも見える。

だから思わず、

「がんばった自分にご褒美しないと、やっていられなかったのよ」

わたしはまるで自分に言い聞かせるように呟いてしまう。


幼いころから、カラフルで可愛らしいパッケージに囲まれていた。
新商品はどれもとびきり美味しそうに見え、いつかお財布を気にしないで買えるようになりたいと心底思いながら大人になった。
持っているだけで嬉しくなるような、バレンタインに恋人に贈ったら誇らしく感じるようなキラキラしたものを手に入れるためにお金が必要だった。

可能な限りお金になる仕事をした。失敗ばかりつづくわたしは、甘いものを食べるとストレスが和らぎ、一瞬だけツラさが消えるような気がした。
ふわっとしたスイーツの持つ感覚は、現実に背を向けている自分から巧妙に逃げることができた。

でも、何も変わらなかった。
美しいスイーツを手に入れたところで、キラキラした素晴らしい何かがわたしにやってくるわけでもなく、奇跡も起こらなかった。わたしは誰かが作った憧れの世界に呑みこまれ、戦い、ただ消費しただけだった。

やがて、漠然と、無限の、身に迫るような、大きな囲いの中に浸っていることに気づいた。
それがどういう名前なのかはわからない。けれど、キラキラした包装紙や、画一的で良くできた玩具のようなスイーツたちと関わりがあることだけはわかっていた。

「がんばった自分へのご褒美」をするたび、蠢くような環境に支配され、知らないうちにそこへ放り出されていることへの不安が募った。


本当は、憧れてなどいなかった。

ご褒美でさえ必要なかったのだろう。


わたしの甘い記憶。

それは、父が誕生日に買ってきてくれた苺ケーキだった。
夕食後の食卓でうやうやしく箱が開けられ、母がさっきまで大根を切っていた包丁で真っ白い生クリームのデコレーションを切り分け、スポンジがホロリと崩れ苺が転げ落ちそうになるのを、甘い匂いをまとった父の膝の上に座ってじっと見つめていた、あの揺るぎない多幸感に満ちた時間。

ずっと大切にしていたかった甘い記憶。

息子はしばらく黙ってわたしの顔を見ていた。そして

「大変だったね」と静かに言った。

「ママはもう戦わなくていいよ」

彼はわたしが一番欲しかった言葉を放ってくれた。

わたしは消滅することに関して解決など求めていなかった。
ただ、わたしが大切にしているものを、得体の知れないコントロールから守るむずかしさを誰かに認めてほしいだけだった。
だから、彼の愛おしいひとことが沁みた。


「ママの甘い記憶は誰からも奪われない。
奪われないんだから、獲得する必要もないし、消滅することもないんだ」


そして、最近の人工知能『五感AI』に関する話をしてくれた。
彼によると、人間のあらゆる感覚記憶が再現可能で、イメージしただけで舌の感触がパーフェクトに甦り、他者と共有できるらしい。

なんと素晴らしい。
甘く繊細な果汁が練りこまれたマカロンも、しっぽの焦げたたい焼きも、カラメルの香りがする硬めプリンも、濃厚なカカオ香る生チョコも、生クリームたっぷりの苺ケーキも、そこにまつわる想い出すらトータルで再現できるのだ。
もちろん、甘いものにまつわる記憶のない息子へ、ダイレクトに五感で伝えることも可能だ。

そうして蓄積されたデータはいずれ、新しい世代に「甘い記憶」として受け継ぐことができる。

世界から消滅したわたしの甘い記憶は、戦わない世界線で生きる彼らとともに、未来へ紡がれてゆく。




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