使い方、とらえ方でウソは力になる「フェイク」
トイレットペーパーがなくなる騒動や、SNSで出回るAIを使った本物そっくりなフェイク動画が瞬く間に拡散されてしまう時代。
言わば、つくられたウソがたくさんの人々の目に留まることで真実のようになってしまう状況。
小さい頃もウソは泥棒のはじまりと教えられ、何事も正直に生きることが大切だと説かれて生きてきましたが、大人になって社会を経て、ささいなウソが社会や人との関係性を保つために使われていると言っても過言でないことに気づかされます。
毎日仕事をコツコツ頑張っていれば収入アップも夢ではない。
病気や深刻な症状を本人に正直に打ち明けず、なんとか完治に向けてがんばろうと励ます周りの人々。
例えウソであっても、言われた本人がポジティブな気持ちになれれば、嘘も方便となるのではないでしょうか。
端からウソだと知っていれば何も感じませんが、もしかすると、と思わせてくれることで、その人を支える精神的な目標となってくれる。
そう考えると、小説や映画などフィクションも人を楽しませてくれるウソであり、そのウソに楽しさや頑張ろうという活力をもらえるのも事実。
小説、映画、お笑い、マジック、ドラマ、マンガ、アート……。およそほとんどのエンターテインメントは虚構なしには成立しません。(中略)
それが問題とならないのは、エンターテインメントを楽しむ私たちが、それが虚構である、ウソであると分かっているからです。分かった上で、その創造された物語、言葉、映像などを楽しんでいるからなのです。
AIなどの作られた画像であたかも真実のように錯覚し、批判的な感情をいだいたり、生活に支障をきたしたりしてしまうとマイナスでしかなくなる。
受け取る側が、悪質なウソに騙されないリテラシーを身につければ、ウソも人生にとってプラスになると学べた本書「フェイク」(中野信子 著)。
物事はいろいろな角度から視点を持って見ることができるので、一方からの視点だけで判断してしまわないように、私たちはどうウソを受け取り、どう感じるかが大切。
そもそも脳はめんどくさがりということが大前提。
一からすべて作り上げるよりも、既存のものを元にして作ることがラクなのは周知の事実。
最も効率のいいリソース節約術と言えば、人からの命令に従うことです。
そのため脳は自分でゼロから決めていくよりも、命令されることを心地よく感じる傾向があります。自分で考えずに、誰かからの命令に従うことは、脳の省エネ策であり、人間の本能、生理的機能の表れでもあるのです。
会社でも、上司や先輩からこれをやってくれと指示された方が気持ち的には楽に感じないでしょうか。
ふわっとした、こんな感じでやっておいてくれと新しい仕事を振られたときが一番ストレスがかかるし、やる気も中々出ません。
簡単な仕事で、ノウハウがあれば自然とこなせますが、一からやる順番を考えて慎重に進めていかないといけない場合は、身も心もフリーズしてしまう。
自分の性格が向いていないからやる気が出ないのでは、と落ち込まず、脳がそういう性質なのだと割り切ることが大事です。
自分にウソをつき、自分に騙されることは、無駄に悩む時間や心理的ストレスを軽減し、そして自分をポジティブに導く術でもあります。
いつか小説を書きたい。
今の仕事を辞めて、新しい世界に飛び込みたい。
お金のことや家族のことを考えれば、中々自分がやりたいと思うことに踏み出せませんが、こんな自分でもがんばればなんとか夢をつかむことができると背中を押してもらえれば、やってみようかなという気持ちになれる。
自己啓発本も、自分なんて無理だという否定的な考え方から、コツコツ頑張れば叶えられるんじゃないかと思わせてくれる効果があります。
ただ自己啓発本に書かれていることをすべて実践したとしても、必ず成功するとは限りません。
あくまで著者の体験談であり、読む人全員に適合するわけではないウソだとしても、思考を前向きに変えてくれるだけでも確実に力となるはず。
前向きにさせてくれるウソは大歓迎。
日常会話の中でも、お世辞を使う場面は必ずあり、相手も分かった上で、その言葉を受け取り、深く突っ込むことなく円滑な関係性を保つために必要なウソは必要。
自分自身の受け取り方や思考を少しだけ変えれば、プラス思考へと転じることもできます。
といはえ、なんでもかんでもウソの情報に飛びつかない。
自分で一度情報を咀嚼し、むやみやたらに飛びつかないリテラシーが今の時代には大事です。
流されず、しっかり考える癖をつける。
最後までお読みいただきありがとうございました。
