【実務家ノート 第1号】 トークン化預金の相互運用の設計論点20—銀行をまたぐ瞬間に何が起きるか
2026年7月追補
金融庁は2026年4月、異なる銀行の顧客間でトークン化預金(TD)を送る際の銀行間決済について、銀行間で開設した預金口座を使う方法と、ステーブルコインを使う方法の実証をPIPで支援すると公表しました。
日本銀行は、ブロックチェーンを用いたシステム上で日銀当座預金による中央銀行マネー決済を技術検証するDLTサンドボックスを進めています。
Project Agoráは、トークン化された商業銀行預金と中央銀行準備を組み合わせた多通貨・アトミック決済のプロトタイプを示しました。
この3つの進展により、TD相互運用は「将来の概念」から「具体的な銀行間決済方式を選ぶ段階」に移りました。本追補では、公開時の枠組みを残しながら、実装に必要な前提を追加し、旧稿の一部を修正します。
トークン化預金(TD)の実証実験は、海外をはじめ、国内でも着実に積み上がっています。しかし実証の多くは、まず自行内・単一プラットフォーム内での発行と移転から始まります。当然です。そこが一番簡単だからです。
本当に難しいのは、A銀行が発行したTDが、B銀行の顧客の手に渡る瞬間です。自民党PT提言が示す金融庁の決済高度化プロジェクト(PIP)の柱の一つに「複数銀行間でのTD移転」を掲げたのは、ここが本丸だと関係者の誰もが知っているからです。
この号では、銀行をまたぐ瞬間に何が起きるのかを分解し、相互運用の設計論点を20個のチェックリストに潰し込みます。読み終えたとき、貴社の検討会議で「何を決めるべきかのリスト」が手元に残る構成にしました。
最初に結論
· TD相互運用は、単なるクロスチェーン接続ではない。
· 「受取人が誰の銀行に対する預金債権を持つか」を最初に決める。
· 接続アーキテクチャと銀行間決済手段は、別々に選ぶ。
· 同じ台帳に載せても、異なる銀行の負債である以上、銀行間の価値調整は消えない。
· 日銀当座預金のトークン化は有力な到達点だが、限定的な実装や実証の絶対条件ではない。
なぜ「またぐ」と急に難しくなるのか
トークン化預金(TD)は、設計上、銀行に対する預金債権をDLTなどのデジタル台帳上で表章・記録し、移転や条件付き執行を可能にする仕組みです。トークン化しただけで法的性質が別の資産へ変わるわけではありません。Project Agoráも、トークン化によって中央銀行準備や商業銀行預金の法的性質・関連義務は変わらないとの整理を示しています。
したがって、A銀行TDとB銀行TDは、同じ1円建てに見えても債務者が異なる別の預金債権です。技術的な互換性だけで、両者が自動的に同じお金になるわけではありません。
前提1:銀行をまたぐ移転には2つのモデルがある

旧稿は、A銀行TDを減らしてB銀行TDを増やす「発行行転換型」を暗黙の前提にしていました。しかし、相互運用にはもう一つ、B銀行の顧客がA銀行TDをそのまま保有する「発行行維持型」があります。
発行行維持型では銀行間決済が直ちに発生しない場合もありますが、B銀行顧客による他行預金の保有、本人確認、預金保険、償還窓口、発行銀行リスクの表示などが論点になります。発行行転換型では、A銀行TDの償還、A銀行からB銀行への資金決済、B銀行TDの発行を同期させる必要があります。
つまり「TDが銀行をまたぐ」と言っても、何を移すのかは一義的ではありません。ここを決めずに台帳やブリッジを選ぶと、設計の順序が逆になります。
前提2:相互運用には3つの層がある
① データ・メッセージの相互運用 送金人、受取人、金額、通貨、発行銀行、ウォレット、取引目的、参照番号などを、異なるシステムが同じ意味で解釈できること。ISO20022等の構造化メッセージはこの層に属します。
② 預金債権・交換可能性の相互運用 A銀行TDを受取人がそのまま保有するのか、B銀行TDへ転換するのか。償還価格、交換比率、発行・償還条件、発行銀行の信用をどう扱うかを決めます。
③ 銀行間決済・ファイナリティの相互運用 A銀行とB銀行の間で、どの資産を使い、いつ最終決済するか。顧客への着金表示と銀行間の最終決済をどこまで同期させるかを決めます。
前提3:設計は「2つの軸」で決める

旧稿の3方式は、今後も有効です。ただし、それは「台帳をどう接続するか」という第1軸にすぎません。2026年4月のPIPが示したのは、第2軸として「銀行間で開設した預金口座」と「ステーブルコイン」が比較対象になるという点です。将来的には、既存の日銀当預・BOJ-NETとのハイブリッドや、トークン化日銀当預も選択肢になります。
この2軸を分けると、共通基盤を採用しながら銀行間決済は既存レールで行う構成も、各行台帳を維持しながら共通のオンチェーン決済資産で同期する構成も可能だと分かります。
2026年8月時点の重要な見方
· 政治提言:自民党PTは、発行銀行をまたぐTD移転のファイナリティ確保の観点から、日銀当座預金のトークン化対応を「必須」と位置付けています。ただし、これは政策提言であり、現行制度上の確定事項ではありません。
· 実証の現実:金融庁PIPは、銀行間預金口座とステーブルコインという代替的な銀行間決済方法を検証しています。したがって、PoCや限定的な商用化にトークン化日銀当預が常に必要とは限りません。
· 最終形の有力候補:システム全体で信用リスクを抑え、24時間365日の最終決済を広く実現するなら、中央銀行マネーをオンチェーン処理へ接続する構成は最も明快です。
3方式の詳細比較——8つの評価軸
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