「二つで生きる一つの場所」──この曲を作った理由
第1章 「二つで生きる一つの場所」に込めた想い
この曲は、37年一緒に暮らして来たパパとの生活で感じた事を曲にしました。
長い時間を共に過ごしてきた「パパ」との物語の曲です。
決して穏やかな日ばかりではありませんでした。
衝突し、涙し、言葉を投げ合った夜もありました。
それでも、どんなに距離を感じる瞬間にも
いつも背中越しにあった温もりを思い出します。
人は誰もが、器用に愛せるわけではありません。
優しさをうまく言葉にできない人もいれば、想いを伝える代わりに黙り込んでしまう人もいる。
パパはまさにそんな人でした。無口で、人見知りで、時に頑固で。
でも、その不器用さの中に確かな愛があったと、今は感じています。
この曲を作りながら、私はあらためて気づきました。
愛とは、相手を完璧に理解出来なくても、ふと気付いたらそこにある・・・
そんなものじゃないかなと。
初めは小さくてどこにあるのかわからなくても、それは確実に育って大きくなっている、そんなものかなと思います。
互いの違いを抱えたまま、それでも一緒に生きる。その選択の中にこそ、深い愛が宿っているのだと思います。

第2章 歌詞に映した夫婦のかたち
「二つで生きる一つの場所」というタイトルには、“他人の二人が、共にひとつの場所を作る”という願いを込めました。
夫婦とは、血のつながりはなくても、長い時間の中で積み重ねてきた「寄り添う形を探す関係」だと感じています。
歌詞の中にある「不器用な優しさで包まれて」という一節は、まさにパパとの日々そのものです。うまく言葉にできない優しさ、少し照れたような仕草、怒鳴り声の奥にあった心配――そのすべてが、私にとっての“愛”でした。

私は今も、これからも、パパと共に生きていこうと思っています。
喧嘩も、沈黙も、笑いも、すべてが私たちの形だから。
どんなに不器用でも、愛は確かにそこにある。そんな想いを、この曲に込めました。聴いてくださる方の心にも、少しでも温かい光が届けば嬉しいです。

二つで生きる一つの場所
喧嘩して泣いた夜
背中合わせで眠っても
温もりを感じてた
不器用な優しさを
理解出来るまで時間がかかったけど
私はいつも愛されてた
家を飛び出したあの日
行くあてもなく気付けばいつもの部屋
黙ってドアを開けてくれたね
そこは私の帰る場所
二つで生きる一つの場所
傷つけあって抱き締めあって
試され続けた日々の先に
本物の愛はいつもここにあった
不器用な優しさで
不器用に包まれて
まだまだ続く未来の扉の
ドアノブはどこかな
不器用な優しさで
不器用に包まれて
私は愛されてる
