教えてあげるよおじさんの憂鬱

 “教えてあげるよおじさん”をご存じだろうか?
 ペアダンスコミュニティにあらわれ、初心者女子をつかまえては熱心な指導を行う謎の人。
 理想のパートナーを求めダンスパーティを渡り歩き、もはやダンスは二の次に誰から求められたわけでもないアドバイスを無償で提供する怪人。
 宿命的に、中心に空虚を抱えた存在である“教えてあげるよおじさん”は己の底の抜けた自尊心を満たすため常に初心者からの賞賛の言葉を欲する。だが、おじさんのダンス知識は年季のわりに実はかなりあやふやで、人様にとやかく言う以前に自分だって口ほどに身体が動くわけでもなくて、彼の漠然とした成功のイメージを実現するために多くを負担するのは初心者であるはずのフォロワーの側だ。ゴールがはっきりしないままに細かな指摘と苛立ち交じりの叱咤が繰り返され、初心者女子はやがて彼のいる場所を避けるようになるか、別筋で上達して彼を相手にしなくなる。だから彼が満足を覚える瞬間はついに訪れることがない。
 空虚の名は無知と怠惰。

 さてところでここに歯科衛生士の高梨恵理子(27)がいる。市内のダンスサークル“せせらぎ”に最近通いはじめたダンス初心者だ。サークル構成員は男女とも30代以上が主であったから平均年齢を下げる側である彼女はおおいに歓迎され、“えりちゃん”の愛称で親しまれた。人当たりがよく、何より練習熱心な彼女はぐいぐいと上達していくことと思われた。
 だがそこに“教えてあげるよおじさん”があらわれたのだ。若い初心者女子は好餌。彼女の存在をその驚嘆すべき情報収集能力により察知したおじさんは、直近でひらかれた“せせらぎ”主催のハロウインパーティにさっそく飛び込むと、魔女の仮装をしてはじめてのパーティに緊張気味のえりちゃんが明らかにまだおぼつかない足取りでステップを踏む姿を確認してからダンスに誘う。
 おじさんのかつての得意技が――歳月により磨かれることなく随所ががたぴしと錆びついたアクロバティックな絶技が――繰り出される。初心者のえりちゃんには、というか、上手下手関係なくこの無理のある動きについていくのは誰であれ難しい。ターンの途中でえりちゃんがバランスを崩すと、おじさんは足を止め、にやにやしながらダンスを始めてどれくらいになるかわざとらしく聞き、「それなら仕方がないね」と指導を始める。これがパーティごとに繰り返された。話を聞いてくれる理想的な生徒を得ておじさんはとてもうれしい。
 それで、結局どうなったか?“せせらぎ”の平均年齢が再び元の水準に戻ったというにとどめよう。

 世の心ある人びとよ、“教えてあげるよおじさん”にご用心!

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