🌿Vol.203 ありのままの自分でいい、と思えるようになった日
いつからだろう。
「このままの自分でいい」と、からだの奥から思えるようになったのは。
1.🌬️以前の私は、ずっと何かになろうとしていた
容姿を磨けば愛される、と思っていた。
もっと結果を出せば認められる、と思っていた。
完璧にやれば、誰かに必要とされる、と思っていた。
だから常に、今の自分では足りないという感覚が常にあった。
「もっと」「まだ」「なぜ私は」——そんな声が、一日の中に何度も湧いてきた。
その声に気づくことすら、できていなかった。
2.🫧内観が、扉を開けた
アーユルヴェーダを深く学び、ブログで言葉を書き続け、ランニング中に降りてくる気づきと向き合ううちに、少しずつ内側が変わり始めた。
ある日、走りながらふと気づいた。
好感度を上げる手段として、外側を磨き続けていた。他人からの評価が全てだったのかもしれない
その真実に辿り着いたとき、不思議と怒りも悲しみも湧かなかった。
「そうだったんだね」と、静かに受け取れた。
3.🌱自己受容とは、自分を好きになることではない
誤解されやすいのだが、自己受容とは「自分のすべてが好き」になることではない。
欠点も、失敗も、情けない部分も——「これも自分だ」と認めること。裁かずに、ただ見ること。
疲れているなら疲れている自分を。迷っているなら迷っている自分を。まだ手放せていないものがあるなら、その自分を。
そのままで、いい。
その感覚が、じわじわと育ってきている。
4.🪷変わったこと
人の目線が、気にならなくなった。
以前は誰かの反応を無意識にスキャンしていた。「どう思われているか」「うまくやれているか」——そのアンテナが、常に外に向いていた。
今はそのアンテナが、少しずつ内側に向いている。
「今日の私は、どうか」「からだは何を言っているか」「心は何を感じているか」——外ではなく、内を見るようになった。
そうなると不思議と、誰かと比べる必要がなくなる。比べようがない、と感じるようになる。
5.🌿この変化をもたらしたもの
一つのことが原因ではない。
癌を生き抜いたこと。手放すことを覚えたこと。サレンダーという生き方を知ったこと。アーユルヴェーダでからだの声を聴くようになったこと。毎日言葉を書き続けたこと。
そのすべてが、少しずつ積み重なって、今日の「ありのままでいい」につながっている。
6.🫧自己受容は、完成しない
断っておきたいのだが、これは「完成した」という話ではない。
まだ揺れる日もある。誰かの言葉に傷つく日もある。「もっとうまくやれたのに」と思う夜もある。
でも以前と違うのは、そのたびに自分を責め続けないことだ。
「揺れた。それも私だ」と、少し早く受け取れるようになった。
自己受容は、ゴールではなく、方向だ。
7.🌱あなたへ
今、自分を責めている人がいるかもしれない。
「もっとこうすればよかった」「なぜ自分はこうなんだ」——その声は、長年の習慣から来ている。一日では変わらない。
でも、知っておいてほしい。
ありのままの自分でいいと思えるようになるのに、特別な才能はいらない。
ただ、自分の内側を見る時間を、少しだけ作ること。内側に向いていくこと。
その積み重ねが、いつか「これでいい」という静かな確信になる。
私がそうだったように。
🌿締めのひとこと
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。コメントやフォローで、ぜひあなたの『暮らしのテーマ』も教えてください。ゆるやかに、光と風のように——。
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