ウサゲ

「これで頼む。」
コイツが机の上に置いたのは札束のようであり、ただの真白な紙だった。
僕はいまのいままで百万円の札束を間近で見たことはない。テレビなどの映像で見たことはあるけれど、なにがどうしたって百枚束ねられた一万円札を手にしたことはない。けれど一枚や二枚、いや数枚の一万円札くらいは僕だって手にしたことはある。それが百枚くらいあって束ねられていたら、恐らく、いま目の前に出されたくらいのものだろうと想像はつく。
僕が返事をしないからだろう。コイツはその札束を手に取り、親指の腹でめくって見せる。
「百枚ある。これでなんとかして欲しいんだ。」
「どういうことですか?」
僕はそう言うのがやっとだった。
コイツはすぐに返事をしない。その眼差しには僕が縦に頷くまで視線を放すものかという決意が見られる。
 
そもそもだ。僕はどうしてこんな古びれたオフィスの一室で、ネズミ色の薄汚れたデスクを挟んで、パイプ椅子に座ってコイツと向かい合っているのか、そんなことはもうどうだって良くなってる。それにだ、こんな百枚の白紙を受け取って、一体僕になにができる?百枚の白紙でできることってなんだよ?なんにもないだろ?札束サイズの紙なんて、鶴だって折れやしない!歴代の一万円札の柄でも描いてみるか?うまく描けたところでなんにもなりゃあしないだろうよ!
 
「頼む、受け取ってくれよ。」
「いやぁ、僕、これ受け取っても…。」
「頼むからさぁ。」
「…なんでですか?」
「どうでもいいから受け取ってくれよ。」
「いやぁ、使い途もなさそうだし…。」
「なんにでも使えるから。」
「いやぁ…。」
 
コイツと僕の問答は続いた。百回、千回、いや、一万回以上は同じような会話を続けた。実は十回目くらいで僕は悟った。コイツは僕がこの百枚の白紙の束を同意して受け取らないと出て行くことができないんだ。その事実を告げることもできず、ただ受け取りをお願いすることしか許されていないらしい。でもそれというのはつまり、受け取ってやらないと僕自身も次のコマに進めないってことを意味している。コイツをここから出してやるのは癪な気もするけれど、コイツが出て行かないことにはなにも進まないってことだ。コイツがここから出て行ったとしても、この部屋とかこのビルとか爆発することはないだろう。鬼が出るか蛇が出るか想像はつかないけれど、このままコイツと顔を突き合わせているなんてまっぴらごめんだ。しょうがないから受け取ってやるか。受け取ってやって、なにが起きるか、なにも置きなければこの百枚の白紙の使い道でも考えながら時間を潰してやろうじゃないか。
 
こう思ったのは数分前のようにも、昨日のようにも、もう何年も前のことのようにも思える。僕は今もここでこうして待っている。誰か、この白紙の百枚、誰が受け取りに来てくれるのだろうか。


#秋ピリカ応募
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