締まらない年度末
気圧が下がると上昇気流が生まれ、空気の温度が下がる。すると、空気の飽和水蒸気量が減り、追いやられた水蒸気から水滴ができる。
水滴が集まって雲になる。
この量が増えれば水滴は大きくなり、重力に耐えられずに雨となって地上に振り注ぐ。
気圧が変動すると、当然僕らの身体にかかる圧力も上下する。すると、身体も弛んだり縮んだりする。
内耳や血管も同様だ。
そして、この弛みが僕を悩ませる。
俗に言う『天気痛』である。
前置きが長くなったが、この長かった令和七年度の締めくくりに今年最強クラスの頭痛を発症し、会社を休んだ。また、労働制限緩和から一方遠ざかってしまった。
一定期間の病欠なしが緩和条件となるからだ。
情けないなんて考えたって、よくなるものでもないし、すでに病欠しまくっている人間に、怖いものはないのだけど。
ただただ、不快なのだ。
寝れば治る単純なものでもなし、最近は頭痛薬に頼る場面も増えているので、これを機に一旦市販薬は止めてみようと思う。呉茱萸湯で何とか繋いでいきたい。
それにしても、いろいろあった。
復職失敗。
フフフ参加。
2度目の正直で復職。
異動直訴。
それでも続く不調。
不調さえ取れればまだやれるという思いと、結局不調はメンタル起因で全てをひっくり返すのだから、全く異なるライフプランを描く必要があるのでは?という疑念とが脳内で火花を散らす。
たまたま、昨日の打合せで上司から話があった。
「時は金なり」
まさに、時間はコストなのだ。休めば遅れる。遅れた分機会損失が発生し、不利益につながる。
仕事だけでなく、人生においても時間は有限だ。
悔いのない人生なんて送れる人はほんのひと握りだろうが、やりたいことはやらなくちゃもったいない。
そんな話を聞いたそばから病欠なんて、ツッコミ待ちのボケかよ。まさに今年度を象徴する日となった。
奥さんと娘に、姪っ子へ入学祝いを渡しに行ってもらった。家から通える距離に第一志望校があり、一見大きく生活が変わるような感じではない。
しかし、高校までの「全て準備された学習環境」と違い、「自分で必要な学びを得る環境」に変わる。
小さいようで、大きな変化。
ここから社会人への道をどう切り開いていくか?
入学もまだなのに、そんなことは考えていないだろうけど、大いに楽しみ、大いに悩んで充実した学生生活を送ってほしい。
新年度が始まる。
そろそろ「言い訳」をしたくない。
無理はできないけど、ある程度腹を括って出直しを図りたい、と首にあずきのチカラを載せながら考えている。
