ジレンマ 〜僕の好きなとこ、僕の苦手なこととの間で
僕が高校くらいからずっと、特にうつ病罹患後により強く悩んでいることがある。より高い視座で何かを成し遂げたい気持ちと、上に見える天井とのジレンマだ。
小、中学生の頃は単に勉強のできる「優等生」としての自己満足があった。しかし、高校からは進学校だったこともあり学力レベルに差がないどころか平均以下に甘んじることも多く、劣等感に苛まれることも多かった。
体力のない僕が学力以外の何かで自分を表現したい。自己顕示欲からくる欲求なのだろう。
〈これから述べることは単なる個人的仮説であり、疾患の解説や治療を目的とするものではない〉
人は、日々大なり小なりの選択をして生きている。意識のある限り、選択を繰り返している。
選択には幹となる「判断基準」が必要だ。
是か、否か。そんな単純な問答から、就職や起業などの人生に関わるイベントまで様々だが、何らかの判断基準に従って選択する。
判断基準はその人の再優先事項であり、人さまざまだ。
ある人は「世界一になる」
またある人は「面白おかしく生きたい」
またある人は「優しくありたい」
またある人は「面倒くさい」
それを満足させる、最善の道を選ぶことになる。
判断基準がブレない人が芯の強い人、判断基準の弱い、ない人が芯の弱い人と言える。
芯の強い人は、誰が何と言おうと自分の判断基準に沿って選択し続け生きていく。自ら道を切り拓く「能動」の生き方だ。
そして、共感する人を集めて動かすことで、ひとりでは成し得ない大きな動きを作ることができる。それが企画、事業、果ては芸術や宗教となる。自己顕示欲も満たせるし、社会貢献もできる。
noteで頭角を現してきたハッシュタグ。
たったひとりのクリエイターが始めた、年単位の執念が周りの共感を呼び、noteを飛び出して電子書籍化、グッズ販売、オフ会開催、ラジオ出演などの成功に繋がっている。道を切り拓いた好例だ。

一方で芯の弱い人は、自分より芯の強い人の考えに共感するとついていくことが多い。芯の弱い人にとっては考えに共感する人の決断を支持することで選択をせずに済む「受動(受け身)」である。
選択は、予期不安を感じやすい人にとって特に苦しく悩ましい側面を持つ。芯の強い人の判断で動くことで選択の苦しさを軽減し、未来に起こる不都合な出来事を(表明するか否かに関わらず)「他責」にして自分を守ろうとする。
芯の強さを左右するのは人間の根本の部分である遺伝や特性に加えて、これまでの経験や環境だ。
だから、強い、弱いと単純に分けられるものではなく、グラデーションのような分布を取る。
芯を強くする方向に自分を持っていくには、相応の覚悟や訓練の積み重ね、忍耐や成功体験が必要だ。一方で弱くなるのは簡単だ。自信を完膚なきまでにつぶされたり、うつ病を発症するような環境に置かれたりすることだ。
社会人になった僕がうつ病を罹患するまでは、「いち設計者」として好きな製品設計を通じた高みを目指すことで自己顕示欲を満たしてきた。
他社へ事業譲渡されたものの、設計に関わった製品は今も国内外現役で販売されている。10年に渡るロングセラー品もある。

うつ病を罹患するきっかけは他記事でも綴ってきた。とある上司についたときの方針の食い違いと扱いへの不服だ。
設計としてのレベルは低いが想定外のやり直しの必要な、納期の「ない」(短いですらない)仕事が引き継ぎとして回ってきた。
そして、たったひとつの部品で試験項目ほぼ全てにNGが出た。これがどうやって前工程を通過したのかわからないが、通常ありえない。
こうなると、設計の失敗箇所を図面修正の上リカバリーを仕入先に超短納期対応として調整する(押しつける)仕事が発生する。
この調整は、僕の苦手な仕事だ。
ここの判断は苦手で、これまでも度々上司に細かく報連相を繰り返した。
だが、この時の上司は「マイクロマネジメントはしない」と突っぱねた。

さらに上司は目的達成の為「無理難題を他人に押しつける」という僕の芯の考え方に反する行為を指示してきた。得意先との約束を守るためとはいえ、当然納得なんていかない。
指示通りに強権的に動き、間に合えばそれなりに評価されただろう。
だが、僕は逡巡した。自分が要求されたらやれっこない。そんなことを立場を利用して依頼なんてできない。そんな考えが頭を回り、動けなくなる。
結局しびれを切らした上司が間に入り、仕入先に納期短縮を約束させて乗り切ったが、係長としての評価にはならないと評定を下げられた。上司はその査定会議の様子をわざわざ出席者の具体名まで挙げて聞かされたことで、僕のこころは黒く染まっていった。
そして上司は派生機種で同じような仕事を当然のようにアサインする。しかも仕入先が海外で商社もうまくコントロールできなかった。オンライン会議で注意点や希望納期を何度もお願いした対応を、議事録として残したにも関わらず、納期直前になり「やっていません」の回答を受けたときには、天井を仰ぐしかなかった。
ここで僕の異変に気づいたのは元上司=2つ上の上司だった。このとき僕が症状を強く申し出て休職すればよかった。しかし、主治医から大義名分となる診断は出なかった。そして、元上司から指示された短期間の休養は、上司との約束であったはずの引き継ぎ項目に何ひとつ着手されず、状況を悪化させるのみとなった。
そうして、1年を無駄にした。
公に、僕が最後に「仕事」をしたのは2019年だ。
そして、休職し始めたのが2023年。
この記事を執筆している2025年に至るまで復職できていない。
あっという間に過ぎる社会人生活で6年も、成長のチャンスを逸した。
30代後半から40代、成長できる最後のチャンスだったところでの話だから致命的だ。
ただただ、やり場のないモヤモヤを抱えている。
少し前、この頃の上司に会った。
異動先の部署で同じポジションについたようだが、「ひとりつぶした」ことへの反省はないように見えた。にこやかに話してはみたものの、マネジメントに対する何も考え方は古いまま、何も変わっていなかった。虚しいだけだった。
また、僕のような人間が出ないことを願うが、どうだろうか。
今の僕は、芯が弱い。弱くなった。
そして今の僕は、意欲に乏しい。
だが、積み重ねてきた製品設計の勘どころはまだある。
noteを始めた動機は、うつ病のリハビリと副業の足がかりだった。
前者は「書いた」という自己満足と、フォロワーさんとの交流という形で家庭、職場に加えた第3の居場所を形成することができた。それだけにとどまらず、実際にお会いし交流するまでになった。人間関係の構築という、うつ病のリハビリとしては成功だと思っている。
しかし、後者の「何かを成し遂げたい」という意味での副業の足がかりは何も見出だせていない。意欲、知識、判断全てに問題がある。うつ病に関する発信で付加価値を提供しようとしたが、それができているクリエイターさんはごく一部で、何らかの専門資格を持っており、患者視点からの付加価値には需要がなかった。
別の形でのメンバーシップ運営案も温めているが、管理者運営負荷の比較的高いアイデアであり、復職もままならずに復職後も継続できるか疑問がある為、実行に移していない。
それでもきっと。
僕の好きなとこ、底抜けの青空。
僕の苦手なこと、白い漆喰の天井。
このうまい塩梅のかけ算が、きっと僕の今後の人生に潤いをもたらしてくれるはずだ。
それがこのnoteの中なのか。
それとも外なのか。
いずれにしても、いつか最適化ができると信じて、復職に向けた療養を続けていく。
(了)
