父に並んだ娘(チャレがや企画)
遡るほど40年前。
バブルかどうかも怪しい頃の話だ。
僕は『病気のデパート』とでも言える虚弱体質だった。ぜんそく、水ぼうそう、はしか……予防接種を受けるはずのだいたいの病気を経験していた。少しでも体力をつけさせたい。そう願う親が申し込んだのは、スイミングスクールだった。妹ともども送り込まれた。
最初は腕輪に背中の浮きを背負う何とも間抜けなスタイルから始まった。次第に浮きが外れていき、ビート板にバタ足を経て水中で目が開けられるようになり、いよいよ浮き具なしでのクラスになった。
ここまでは順調。だったのだが。
虚弱体質は思わぬところでその真価を発揮する。中耳炎を頻繁に起こすようになった。痛い。でも、すぐには親には申し出ない。ところが、痛くなると決まって痛い方の耳をつけてソファに寝そべるのでバレバレだった。
耳鼻科へ行き、あの耳に溜まった水を吸い出す治療がたまらなく嫌だった。人生でもワースト3に入るキモ体験である。痛いよりキモい。
こうして僕の水泳人生は、息継ぎも覚えられないまま幕を閉じた。
さて、時は現代まで戻る。
何の因果か、娘がプールに通いたいと言い出した。幼稚園児は市の温水プールで開催された短期講習にご満悦で通い、正式に別のスイミングスクールに通うことになった。
最初は顔に水をつけて慣れるところから。パパの頃より明らかに進級ステップが小さいようだが、最初のうちは「水遊び」として満喫していたようだ。少しずつ、潜り、バタ足と泳ぐ基礎を身に着けていく。ママに似れば泳げるはず。スモールもスモールなステップで進級していく。
ここで、パパとは違う形でケチがつく。娘はアデノイドの気があり、そのせいか鼻の炎症のひどい時期があった。まともに通えず3ヶ月ほどお休みした。そして症状が落ち着き、復帰した直後に異変が起こる。
「行きたくない」
もともと水遊びが目的で通っているのに、練習ばかりで遊べないのがご不満であった。しかし、せっかく泳げるようになるチャンスなのだから、ある程度のところまでは通ってほしいのが親心。
「パパね、幼稚園のときに耳が痛くなって、そこから泳げないんだ。〇〇ちゃんはもう少し頑張れば泳げるようになるよ。もう少し行ってみない?」
「……わかった」
本音は辞めたい気持ちが圧倒的に大きいのだろうが、何とか通っている。先日、2年ぶりに観覧に行った。うつ症状でなかなかいけなかった中で、一度成長ぶりを見ておきたかった。
娘から浮き具は外れ、あの時の僕と同じくらいには泳げるようになっていた。あれだけ脚の力が強いのにバタ足ができないのはご愛嬌だ。息継ぎで泳げる手前まで来ている。
パパを超えるまで、もう少し。
そこまでは、何とか続けてくれないかなぁと願うパパとママ。単なるワガママなのかもしれないが、少しでも親を超えているところを見せてほしい。
(了)
(1163字)
皆勤の10作目です。
ご査収下さいな。
