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MONDO

今の僕の仕事は、部内ルールを決めるいわば『嫌われ役』。長年変えずにやってきた仕事が、世界の、会社のルールから乖離している部分が出てきている。それを手順化し、守ってもらうという『怒られ侍』ポジションだ。

一昨日、恩師と久々に会議をした。

お互いに関わる業務をしているので、一部協業している。ちょっと嬉しい。
前職場の製品開発の現状把握を任されたので、昨日半日かけて資料を漁り、数字を埋めていった。

とあるところで、手が止まった。

休職中のタイミングでの、ある業務の開発期間が資料から読めない。そのまま日程計画通りにするのはどう考えても無理のある気がした。

誰かに聞こう。
確度の高い元上司は忙しそうだ。
どうせなら、聞きやすい元職場の先輩に聞こう。

結論から言うと、これは大きな間違いだった。

【想定】


「〇〇の開発期間はどれくらいですか?」

先輩
「うーん、だいたい△日くらいかな?ちょっと余裕ないけど」


「まぁそんなもんですよね。ちょっと色つけておきます。ありがとうございます」

(問答予想時間1分)

【現実】


「〇〇の開発期間はどれくらいですか?」

先輩
「うーん、複雑なんだよ。これとこれとこれが入り組んでて……」

いやそんな事情は聞いてない。
数字か「わからん」のひと言がほしかった、が、ここはおとなしく話を聞いてみる。

〜5分経過〜

先輩
「これとこれがこうなって、こうなってるわけよ。ところで、何の検討に使うの?」

いや答えてない!
どころか付箋に工程を数字抜きで書いても意味不明!
1+1を数字で間違えるならともかく、逆質問は想定してなかった!


「今、〇〇のルールの見直し検討の話の中で、概算を見積もってベースにしたいんです」

すると、なぜか先輩の語気が荒くなった。

先輩
「あのさぁ、そんな簡単に決められるものじゃないよ?いろんなことが決まらなくて、ひっくり返されて、……(中略)……その中で何とか日程を収められたのは、誇りに思っていいと思っているのよ」

言葉の節々に怒気さえ含んでいる。
あぁ、やってしまった。
この人に聞いてはいけなかった。

そもそもうちが単独で議論しているわけではなく、先輩の上司に当たる方も巻き込んでいる。
だから、たたき台で精度を求めるわけでもないし、それを強要するつもりもない。なのに何でこんなに感情をぶつけられなきゃいけないんだろう?

付箋を渡そうとする先輩の手をやんわり拒否し、形だけのお礼を伝えて自席に戻った。

(問答時間10分……?)

疲れた。もう元上司提示提示の数字を入れよう。足りない気もするけど、何の根拠もない数字を入れるよりいいや、えい■日。

送信、と。これで終わり。
のはずだった。


今朝、PCを立ち上げてチャットを見る。
例の先輩の熱量が収まらないのか、ヤンヤヤンヤ言っている(もう内容は忘れた)。何なんだ?

僕(チャット)
「■日って入れて出したのでもういいです。元上司さんも入れてます」

先輩(チャット)
「え、私の評価だけでそのくらいかかるよ?余裕ないじゃん」

#なんのはなしですか

(ここまで最初の問答から18時間)

いや、数字出せますやん!
何か腹立ってきた。抑えていた怒りがフツフツと沸き上がる一歩手前で抑えた。そこからもヤンヤヤンヤとチャットを打ってくる先輩に、こう返してぶち切った。

僕(チャット)
「もう、やめましょう」

これで先輩は何かを察してくれたようで、「ごめん」と返ってきた。


なんだかんだこの先輩とは15年の付き合いだ。
いろいろよくしてもらったし、逆に助けたことも多い互恵関係にあると思っていた。

先輩の性分に、前職場は水が合っていたようだ。
(ちなみに僕にはアレルギーだった)

前職場の人は優しい。
だけど、自由すぎる。
自由すぎて、社内外問わず様々な迷惑をかけているのが中に入ってわかった。

この職場は、理性を感情が上回る。
そして少し外に出て、それを軌道修正する立場になった今、その是正のあまりの難しさに絶望している。

たぶん、無理だわこれ。
恩師も「あれは文化だからね」と同じ認識をしていた。

それくらいに思っておかないと、せっかく上向いてきたメンタルを崩すのは目に見えている。

とはいえ。
人のことが言えるような人間でもないけど、聞かれたことに耳を傾けて、ベクトルの合った答えを返してほしい。
質問の意味がわからなかったら、「なんのはなしですか」と聞いてほしい。

せめて、自分はそうありたいな。
そんな学びの出来事だった。

【追伸】
思うところがあり、しばらく「なんのはなしですか」タグをつけるのはやめておこうと思っていたが、そうはいかないのがコニシマジックなのかもしれない。


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