あの夏の5cm(片想い文芸部9/15)
「岩、手に届くかな?」
「試してみないとわからないよ。よっ!」
桃実の前でジャンプしたのが10年前の夏。
太平洋の砂浜から、端にある岩の頂点に手をつくことができれば、幸福になれるという噂話があった。
俺、成人は男子バスケの、桃実は女子バスケのキャプテンだった。
インターハイ出場が実力的にギリギリだった僕らにとって、藁にもすがりたい思いで、跳んだ。
『届け、全国!』
でも、飛び上がった瞬間によぎったのは祈る思いの桃実の顔だった。
あと5cmだった。
届かなかった。
「自分たちでもぎ取ってこい、ってことね」
「ああ、自力で勝ち取ろう」
俺は思いを押し殺し、大会に臨んだが県大会準決勝で僅差の逆転負け。女子は念願の全国出場を果たした。
「残念。でも健闘したよ。お疲れ様」
スポーツドリンクのペットボトルを俺の頬に当てた桃実は、複雑な顔をしていた。
これが、今のところ桃実との最後のやり取りだ。
俺は大学までバスケットを続けたが、そこで引退して地元企業に就職した。しかし、5年目の今年こころを壊して休職していた。
一方の桃実は実業団でもバスケを続け、ニュースによると今シーズンを最後に引退するらしい。
夏。
俺は何となく、あの砂浜に来ていた。
あの日、5cmならきっと届いていたはずだ。
そして、チームの全国ではなく、桃実に思いを…
「よっ、久しぶり」
「わっ、って、桃実!?」
「ふふ、引退して帰ってきたよ。友達と会ったら、成人の話を聞いちゃってさ。ちょっと心配でお母さんに行き先聞いて来ちゃった」
「そうか、恥ずかしい姿を晒しちゃったな」
「しかたないじゃん、メンタルなんていつ誰が崩すかわからないもん。成人のせいじゃない」
「何か、悪いな」
「せっかく会ったんだし、そんな辛気臭い顔しないでよ。そうだ。あそこの岩、行ってみようよ」
久々に目にした岩は高さを増していた。
砂の浸食によるもののようだ。
「さすがにあれは、全盛期の俺でも届かないな」
寂し気に呟く俺とは対照的に、桃実が切り出す。
「ねぇ、私を肩車してよ。さすがに届くんじゃない?」
「は?そんなことしたって、願いは」
「肩車しちゃダメなんて聞いたことないよ。さあ、担いで」
言われるがまま、桃実を肩に担ぐ。ずっしりとしたアスリートの筋肉の感触と、ほのかに香る憧れの女性の香り。
「じゃあ、いくよ」
桃実が手を伸ばす。
俺も何とか背伸びする。
そして桃実の掌に、岩の頂点が触れた。
「やった、やっ…きゃあ!」
「うわ!」
バランスを崩し、ふたり揃って砂浜に大の字になった。
「…ハハハ、何か笑える」
「ああ、昔を思い出すよ」
「さて、これで私は幸せになれるわけだ。ねぇ、成人」
桃実は身体を起こし、意味深な笑顔でこちらを見つめている。
「え、それは…どういう?」
戸惑う俺。
10年前と同じ潮騒が、ふたりの間に流れている。
9/15のお題です。
変化球には変化球を。
