【回顧】浪人時代の不意打ち(チャレがや企画)
大学受験に失敗し、浪人することになった。
理系科目が苦手な理系人間に、地元の国立大工学部は高望みだった。赤本で過去問を解いても手応えが感じられない時点で敗北は決定的だった。
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浪人にあたって予備校を選ばねばなるまい。というより、「現役で受からない人間が独学で受かるはずがない」と、母親の指令を受けた。父親は無関心だった。
札幌には、代々木ゼミナール、駿台予備学校、札幌予備学院(現在は河合塾)の三大予備校があり、浪人した同級生もその中のどこかに通っていた。
しかし、やはり僕は変わり者なのである。
その年に札幌にできた、『週3日制予備校』とやらへの入学を決めた。ビルのワンフロアで週3日の基本講義に2日の集中講義を加えた変わったカリキュラムを組んでいた……のが決め手ではない。単に安かったのだ。
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そんな予備校だからか、知っている顔はいなかった。しかし、それは僕にとっては好都合だ。講義と自習室を往復するだけで誰とも話さない。完全なる陰キャがそこにはいた。
周りのキャッキャする声とは裏腹に、勉強するには好都合な環境。家に帰ればどうせ集中できないのだから、ここで友達を作る必要はない。裏を返せば、人見知りを拗らせていたとも言える。
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時はあっという間に過ぎ、センター試験を迎えた。手応えは思ったほどなく、翌日の自己採点で絶望することになる。
前年と同じ点数だ……。
正確に言うと理系科目が伸びた分、手を抜いた文系科目が下がったのだ。もう笑うしかなかった。せめてもの救いは志望校に傾斜配点があり、その計算では現役より少しよかっただけだった。
もう浪人は許されない。
2次試験で、それも前期試験で合格しなければ、あからさまな滑り止めを受けるしかない。そんな背水の陣で臨まなければならない。
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そんな2月半ばの自習室のことである。
いつものようにひとりで黙々と自習していると、当時在籍していた中で最も目立っていたギャル風の子に包みを差し出された。
「よかったら、どうぞー」
あまり想定外の事態に、何が起きたかわからず
「あ、どうも」
と返すのが精一杯だった。その後に「ウケるー」などギャル達のキャッキャした声が聞こえていた。単なるイタズラ?そうだ、時期的にバレンタインだっだ、と思うに留まった。
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3度目の正直で1年遅い春を掴み取れた僕は、予備校通学を終えた。バレンタインのお返しはできなかった。ホワイトデー前のことだったし、誰からもらったかも思い出せない。あのときの甘い包みが最後のひと押しになったのだろうか?
その答えは、生涯わかることはない。
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会長!
副会長!
すみません、今回は変化球無理だったのでド直球です!ご査収願います。
