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クビをかけて(ナルさん企画)

『あ、クビだ』

俺、成宮裕太は絶望した。

商談中、それもうちの最大の取引先、ゼノンの調達課長である弓削ゆげさんが対面で話をしている前で大あくびをしてしまったからだ。
昨日のゲームでの夜更かしが祟った。せっかく念願の隠れボス『ガーディアン』を倒せたのに、肝心なほうが台なしだ。

俺は、アウトドアアパレルを中心に扱う石手商事の2年目営業だ。ようやく先輩の付き人を脱却して4月からひとりで客先周りを許された。その中には、大手スポーツ用品チェーン、ゼノンも含まれていた。

「ふぅん、成宮さん。私の話はそんなに退屈でしたか?年間発注見通しのだぁいじなお話をしていたのですが?」

弓削さんはニコリと声をかけてきているが、目が笑っていない。まさに蛇に睨まれた蛙の心地だった。

「い、いえ、決してそのようなことは!大変失礼致しました!」

ゴン!
勢いをつけて頭を下げたら、机におでこをぶつけた。一体俺は何をしているんだ?
自分のどうしようもなさにうんざりしながらそっと頭を上げると、弓削さんがこちらを見てケラケラ笑っていた。

「ハハハ、成宮さんって面白いですね。あくびしたかと思えば机に頭を打ってみたり!」

あれ?許してもらえたのかな?
俺が少し安堵していると、それを見越した弓削さんが切り出した。

「では、さっきのあくびのペナルティを受けていただきましょうか」

「え、ペ、ペナルティ?」

「はい、ペナルティ。私をモデルに今年のトレンドをあなたがコーディネートして提案して下さい。期限は1週間。私が満足すれば発注増をお約束しますが、がっかりな提案であれば発注を3割削ります。いかがかしら?」

え、弓削さんをモデルにコーディネート?
しかもハイリスクハイリターンのペナルティだって?
とはいえ、そもそもの発端が俺のあくびだ。受け入れざるをえなかった。

弓削さんは主要なボディサイズをメモに書いて俺に渡し、席を立った。え、こんな数字渡すということは試着するのか?今さら確認できない。その体で準備してくるしかない。

残りの営業回りを終えて帰社した俺は、さっそく構想に取り掛かった。弓削さんは30前後と思われるスレンダー美人だ。若くして大手の課長になるほどの方だから、生半可な提案はできない。
今シーズンのパンフレットをかき集め、3パターンのコーディネートを考えてサンプルを発注した。

でも、ペナルティとはいえ弓削さんはなぜ俺にこんな課題を申し付けたのだろう?もしかして…いや、そんなはずはない。あんな素敵な人が俺なんかに。

いつの間にか、俺は弓削さんの顔が頭から離れなくなっていた。そのおかげで他の営業回りで凡ミスが出て上司に大目玉を食らうありさまだった。この挽回は提案で弓削さんに満足してもらうしかない。

そして約束の1週間後。
俺はサンプル持ってゼノンに駆け込んだ。
持ち込んだコーディネートは次の3種。

①バックフリップキャップ、赤のスカーフ、黃白のボーダーTに青デニムのオーバーオール
②茶色のバケットハット、赤と黒のチェックシャツ、ベージュのテーパードパンツ
③麦わら帽子に、白いTシャツワンピ、黒レギンス

通された会議室には、簡易の試着室が準備されていた。
え、ここで着替えるのか?俺は内心ドキドキしながら待っていると、弓削さんと、部下らしき男が一緒に会議室に入ってきた。2人きりなわけはないか、と少しがっかりした。

「さて、成宮さんの実力を見せてもらいましょうか」

弓削さんは俺の持参したコーディネートを順番に着替えては俺達の前でポージングする。男はそれをスマホで撮っている。やはりまじめな課題なのだろうか。それよりも、コーディネートを楽しむ弓削さんに俺は釘付けだった。

ひと通りコーディネートを堪能した弓削さんが満足気に語り出した。

「成宮さん、とぼけていそうなわりになかなかいい仕事をされますね。これなら売れそうだわ。合格ね」

「あ、ありがとうございます!」

やった。弓削さんに認めてもらえた。発注増以上にそちらに喜んでいた。
よし、このままうまく関係を続けていけば、食事にでも誘うチャンスが…

「それで、こちらは来月から御社を担当する吉川君。お見知りおき下さいね」

「え、なんのはなしですか?」

「私、今月いっぱいで退社なんです。結婚してそのまま旦那の海外赴任についていくんですよ。そんなわけで短い間でしたけど、ありがとうございました」

「ゼノンの吉川っす!よろしくっす!」

「あ、はい、よろしくお願いします…」

受注増の安堵よりも、弓削さんが寿退社するという話にショックを受けた。俺はとぼとぼと会議室を後にし、下り階段の最後の1段を踏み外すのであった。

「成宮さん、大丈夫?やっぱりどこかとぼけているわね」

前を歩いていた、弓削さんの苦笑がいつまでも頭から離れなかった。

(了)

#片想い文芸部
#ナルさん
#あくび
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