掃除のお礼は、彼女からの
「めんどくさい」
「いや、当番だから」
「関係ないわよ。めんどくさいのはめんどくさいの」
とある日の放課後。
掃除当番のモップ掛けに口を尖らせて、彼女は愚痴を重ねる。動くのは口だけで仁王立ちで片手にモップを持ったまま動かない。机の雑巾がけに勤しむ俺の方がめんどいわ。口には出さないけど。
そんな彼女に思わぬ援軍が現れる。
隣のクラスの松田だ。
「ねおー、帰ろー!マスドのもちゅもちゅ、売り切れちゃうよー」
「あ、りな!行く行く!じゃ、ナル氏。あとはお願いね」
「え、ちょっ…、ふぅ」
押し付けられたモップを見て、ため息をつく。
俺は彼女に弱い。
いや、正確に言うと『惹かれている』のだろう。
他の女子に言えることも、彼女相手にはどうしても言えないのだ。
残りの掃除を終わらせ、家路につく。
🍁
空が高くなってきた。
高校3年の秋。
彼女と一緒の空間にいる、最後の秋だ。
夏に大チャンスがあった。
俺の遊び仲間と彼女の遊び仲間とで、花火大会に行くことになっていた。
俺は、ものすごく楽しみにしていた。
浴衣も買って当日を迎えるだけだった。
駄菓子菓子、欠席せざるをえなくなった。
応募していた小説が『路地裏文芸賞』の優秀賞を受賞し、受賞式が花火大会と被ったのだ。知る人ぞ知る権威のある文芸賞だ。
出席しないわけにはいかない。
ひとりスーツで会場に臨んだ。
おかげで路地裏出版の本田さんと知り合えた。
夢である作家への道が、つぼみをもった。
一方で泣く泣く諦めた花火大会はどんな夜だったのだろう。さぞかし楽しかったのだろうな。その場で何組かのカップルができた、とも聞いた。
幸いと言っていいかわからないが、カップルの中に彼女の名前は出てこなかった。心底、ほっとした。
そんなことを思い出し、気がついたら呟いていた。
「あー、俺もマスドのもちゅもちゅ、食いてぇ」
何を隠そう、俺は甘党なのだ。
そんなイメージは誰も持っていないだろうけど。
🍁
翌日。
読みたい小説があって早く登校した俺の前に、不意に誰かがやってきた。
彼女、愛桜だ。
目線が合う。鼓動が早くなる。
「…おはよう。早いね」
「ナルこそ。まさかこんなに早く来てるなんて。サプライズ失敗じゃん」
「え、なんのはなし?」
「これ、昨日のお礼。ありがとね」
彼女が少しだけ目線を俺から逸らし、顔を赤く染めながら差し出したマスドの紙袋には、『もちゅもちゅ』が入っていた。
彼女は、俺が甘党だと知っていたのか?
俺は、この『もちゅもちゅ』の意味をどう捉えていいのかわからず、ドキドキしていた。
ふたりを挟む机に、ちょうどカーテンの隙間から朝日が差し込む。ふたりの間に何かが始まることを暗示するように。
ナルさん、お気に召してくれるといいな。
恐らく来週から復職トライアルが始まるので、状況次第でパスさせていただくかもしれません。
なるべく参加で!
