【濃い水墨、緋色の花スピンオフ】まことの真実の話(チャレがや企画)
おとんの訃報を聞いたのは、私が東京の大学に通っていた頃だった。
還暦を迎え、長年勤めていた電子部品メーカーを定年退職して、おかんとゆったり過ごしていくのだとばかり思っていた。
それなのに。
───
うちは、代々『安国寺』の檀家としてお世話になっていた。私が小学生の頃、仏壇に読経する住職が急に読経を止めて辺りを見回す。
「何か……強い怨念を感じます」
おとんとおかんは顔を見合わせた。そしておとんから声を上げる。
「実は、我が家の裏山の頂上近くに祠らしきもんがありましてな、あれのせいやろか」
「そちらにも強い力を感じますが……今私が感じているのは家の中です」
ふたたび、おとんとおかんが顔を見合わせる。
「住職、どの辺りでっしゃろか?」
「1階の奥の間、壁から不穏な空気を感じるのです」
「壁っていうと……掛け軸やろ?」
「一度、拝見してもよろしいでしょうか?」
住職に続いて我が家4人がついていく。当時4人の寝室に唯一あった家財が掛け軸だった。住職が近づくと黒い影が見えた。住職の顔が一瞬険しくなった後、すぐにもとに戻った。
「……問題ございません。このままに致しましょう」
そう言って、仏壇の前に戻っていく。あの黒い影も同時に見えなくなった。おとんもおかんもしんにいも、あの影が見えなかったのかな?
───
ある昼下がり。しんにいは朝から部活、おとんとおかんは月1回の檀家さんの集まりだ。
私はひとり、お留守番。宿題も終わっちゃったし、何しよう?と畳を転がったところで、思い出した。
「掛け軸、見てみようかな?」
寝室に足を運び、床の間にある掛け軸の前に立つ。こんなマジマジと見たことはなかったけど、水墨の幹に、少し黒みがかった赤い花が咲いている。
掛け軸に手を触れてみた。
『ブワッ!』
黒い霞とともに、座禅を組んだひとりの落ち武者が姿を現した。透けている。こちらを睨み、声をかけてくる。
「貴様……仏の敵か……?」
私は突然のことに足が動かなくなった。怖い。手を合わせて大声で読経する。
「南妙法蓮華経!南妙法蓮華経!」
それを聞くと、落ち武者の霊は座禅を組んだまま静かに目を閉じた。そして、黒い霧とともに消えていった。
このとき、私は密かに霊感を身につけていた。
───
それ以来、ひとりになると掛け軸のある床の間にお供えをするようになった。
お茶と茶菓子を置いてみたが、お茶しか減らない。甘いものは好きじゃないのか?試しに塩にぎりを置いてみた。すると、落ち武者はさっと姿を現し、塩にぎりをむさぼった。
「おなか、空いていたのね」
落ち武者は塩にぎりを平らげると、こちらに合掌し、礼拝した。
「中村家を守ってくれて、ありがとう」
私はその思いで、高校卒業まで密かなお供えを続けた。
───
「おとんが……亡くなったって」
しんにいから連絡を受けたのは、台風一過の翌々日、大学のある東京でだった。あんな健康そうなおとんが。まさか、そんな。落ち武者が守ってくれたはずじゃ……。
そんな思いで新幹線に乗り、京都を目指す。メールでしんにいから状況説明があった。
おとんの不注意で、祠を動かしてしまったらしい。その日の夜、掛け軸の絵がおとんの寝姿そっくりに変わり、夜中に急性心不全を起こしたのだという。
葬儀準備の合間に掛け軸を覗くと、烈火のごとく怒った落ち武者が仁王立ちしていた。手を合わせて読経しても、その出で立ちは変わらない。
きっと山の祠は、落ち武者のお墓なんだ。
おかんの依頼で、葬儀中に業者が祠を直したらしい。その後、落ち武者は座禅を組みいつものように目を閉じている。
落ち武者が……おとんを?
もう、そうとしか思えなかった。
守り神だと思っていた落ち武者は、落ち武者でしかなかった。
おかんとしんにいが言い争いをしている。
あ、しんにいが出ていった。
家族がバラバラだ。落ち武者は、何のためにうちにいるの?守り神ではなく、祟り神だったの?
とめどなく涙が溢れる。
「真琴、おいで」
「おかん……おとんのアホ!おかんをひとりにして……!」
私は泣いた。
おとんにアホと言いながら、本当のアホは私だった。祠は放っておき、掛け軸は手放すべきだった。
でも、できなかった。
悔しくて、とにかく泣くしかなかった。
───
惹かれた相手が陰陽師の家系だったのは、きっと偶然じゃない。亮介はおとんを亡くしたショックでPTSD患者となった私の様子から、だいたいの事情を察してくれていた。
「あまり、過去の失敗を悔やんではいけませんよ。あなたの人生は今このときに、そして、それを積み重ねてできる未来にあるんですから」
どん底にあった私のこころを、優しく拾い上げてくれた亮介。カウンセラーと患者のお付き合いはご法度だったが、カウンセリング卒業後私から猛アタックをかけた。
これには亮介も驚いたらしい。しかし、子どもこころを忘れない天真爛漫さに惹かれて、ふたりは結ばれることになる。
───
結婚して子どもが生まれるまでにはかなりの時間を要した。PTSDの後遺症で私の心身が整わず、なかなか身籠ることができない。気づけば高齢出産と呼ばれる歳になっていた。
「ふたりで暮らそう。俺は、真琴の笑顔のそばで笑っていられればいいから」
その言葉が、こころに巣食う最後の氷を融かしてくれたようだ。ほどなく、おなかに新しい命が宿り無事にこの世に生まれてきてくれた。
「ふあぁ、ふあぁ」
女の子の力のない泣き声に、私と亮介は苦笑いで見つめ合う。
「名前、なににしよっか?」
「俺はもう決めてある。『真衣』。真の衣を身につけて、誠実で優しい子になってほしい。真琴から一字をもらうんだ、きっとそうなるよ」
「真衣か……。いい名前。決定!よろしくね、真衣」
そうして手を握る。
すると、存外強い力で返してきた。
「あら、この子。意外と強い子かもしれないわよ」
「そうだな」
この後、この子を待ち受ける運命など知らぬまま、真衣は私達高橋家のひとり娘として育っていくのである。
───
チャレがや企画、今回のお題はまさかの僕の作品から『怨念』でした。会長、副会長が作品を作り上げたご褒美を与えてくれたようです。
さらに、みくまゆたんさんには宣伝も!うれしい!
調子に乗って超即席スピンオフを書き上げました。
もうホラーじゃないですね。
ご高覧、ありがとうございました。
