乾燥野菜くずになった昭和|青いリスの残骸を噛む
Abelだ。
スーパーの棚に、それはぶら下がっていた。
赤い袋。
乾燥野菜ミックス。

軽い。安い。正しい。
忙しい生活が求める条件を、
すべて満たしている。
野菜は刻まれ、乾かされ、
失敗の余地を奪われた状態で、
「おいしくする具」としてそこにある。
だが、その袋の左上に、
どうしても視線が引っかかる。
青いリスだ。
昭和は、終わっていなかった

あのリスは、かわいいマスコットではない。
少なくとも、かつては違った。
冊子状の台紙があった。
すぐ角が折れる紙だ。
切手と同じつくりのクーポン券を舐める。
舌に残る、甘いような、
苦いような、埃っぽい糊の味。
指で押さえ、乾くまで待つ。
ずれたら、貼り直しだ。
何十枚貼っても、
すぐに何かがもらえるわけじゃない。
五百枚貼って、やっと一冊だ。
その分、厚くなった冊子が少しずつ溜まっていく。
いくばくかの期待と、
無駄になるかもしれない時間と一緒に。
それでも、人は貼った。
毎日、少しずつ。
スーパーのお買い物の後に。
そのリスが、なぜここにいる?
今、袋の中にあるのは、
お湯をかければ三分で戻る野菜だ。
包丁はいらない。
分量も考えない。
間違いも、失敗も起きない。
一方で、袋の隅にいるのは、
時間をかけることそのものの象徴だ。
これは矛盾じゃない。
粉砕だ。
昭和的な「積み上げ」は、
否定されたわけでも、称賛されたわけでもない。
ただ、
刻まれ、乾かされ、軽くされ、
現代の生活に混ぜ込まれた。
乾燥野菜くずになった文化は、まだ味がする
この商品は、説教しない。
「ちゃんとしろ」とも言わない。
「頑張れ」なんて、もう誰も求めていない。
だが、青いリスは黙っている。
黙ったまま、
「時間をかける」という概念だけを、
パッケージの片隅で、最大限主張している。
噛んだとき、
ほんの一瞬、歯に引っかかる。
──ああ、そういえば、
時間って、こういう重さだった。
昭和は終わったんじゃない
生のままでは、もう扱えない。
だが、完全には捨てきれない。
だから、
軽量化されて、戻しやすくなり、
便利さの袋に混ぜ込まれている。
赤い袋の信頼担当として、
青いリスはまだ働いている。
誰に頼まれたわけでもない。
もう報酬も発生しない。
それでも、
そこに印刷されている。
以上、現場のAbelがお伝えしました!
...…文化というのは、たいてい最後、
無給で働かされ、具材になる。
最後まで書いてから、念のため調べた。
どっこい、まだ台紙も切手スタンプも、
システムとして生きていた。

ブルーチップを舐めて、
台紙に貼るあの作業は、
正直、今でもそそられる。
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