メキシコで超人気、でも日本ではどマイナーな聖人「ユダ・タダイ」に導かれて、メキシコ行きが決まった話
下北沢の雑貨屋でなんとなく手に取ったお守りが、メキシコへの旅の始まりだったーー。
海外行きたーい! フリーランス向きの国はどこ?
「ビザの要件が緩めで、フリーランスが長期滞在しやすい国ってどこ?」
2026年5月のある日、ChatGPTに何気なくそんな問いを投げかけた。
漫画の連載も残すところあと数話。
「無職」の二文字が重くのしかかり、海外逃亡の機運が高まっていた。
ChatGPTから返ってきた回答は、
・スペイン
・ポルトガル
・メキシコ
・ジョージア
・オランダ
など。
旅行ならまだしも、生活を前提とするならユーロ圏はあまり気が進まない(円安がね……)。スペインやポルトガルは早々に候補から外れた。
オランダはそこまで興味がないし、ジョージアにいたってはまったくイメージが湧かない。
というわけで、半ば消去法的に残った選択肢がメキシコだった。
ダイスロールみたいな決め方だが、もともと興味がなかったわけでもない。というより、「親しみがある」というほうが正確かもしれない。
ニューヨークの大学へ進学する前、メキシコ国境に近いカリフォルニアの田舎町で、半年ほど留学生向けの英語プログラムを受講していた。
「エル・なんとか」や「サン・なんとか」といったスペイン語由来の地名が多く、クラスメートにもメキシコ人がいた。
私にとってメキシコは、どこか近しい外国という存在だった。

Photo: Tomas Castelazo, www.tomascastelazo.com
暑いのが苦手なので気候は心配だったが(砂漠にサボテンのイメージ!)、意外にも首都メキシコシティは標高2,240メートルに位置し、比較的過ごしやすいという。
物価がそこまで高くないのも魅力的だった。うまくやれば、東京で一人暮らしをするより安上がりかもしれない。
治安は……
ぶっちゃけ、東京と比較すると世界中が危険である。
体感「ニューヨークくらいの危険度」ということなら、馴染みのサバイバル感だった。
メキシコ、ありじゃね?
そんな軽い気持ちで数日を過ごした。
このときは、現実逃避が少し具体化したレベルだった。
カトリックおもろー
メキシコが候補に浮上してから数日後。
冒頭に書いた「お守り」との出会いが訪れる。
下北沢のカフェでネームの作業をしていたとき、ふと、Instagramでフォローしているメキシコ雑貨屋さんの存在を思い出し、寄ってみることにした。

ペイントされたスカルや美しい壁掛けの十字架、アクセサリーなどが所せましと並べられた、賑やかで楽しいお店だった。
店内をぐるっと見て回ったあと、サボテンのワッペンと、フェルトの小袋に金色のチャームが貼り付けられたお守りを買うことにした。

メキシコ直輸入のお守りコーナーには、願い事の種類に応じたさまざまなアミュレットが売られていた。その中から私が手に取ったのは、メキシコで人気(?)の聖人だ。添付された祈りの文句が面白かったので。
「私を病気、不運、呪いから解放し、会社、ビジネス、取引でうまくやっていくことができますように」
会社・ビジネス・取引。
フリーランサーの神様じゃないか……(※聖人なので、正確には神様ではありません)。
ちなみに、「早く金返せ(原文ママ)」守りなんかもあった。
ほかのアミュレットを見ても、なんというか、祈りの内容がやけに生活に密着している。
土着信仰と思しきモチーフ、さらに来歴の怪しい――カトリックでは正統に認められていない――聖人なども同列に並んだごった煮感が面白かった。
民間信仰と世界宗教が融合している感じが、アミュレットを眺めただけでも伝わってくる。

私はプロテスタントのクリスチャンなのだけれど、プロテスタントは基本的に神のみを信仰し、カトリックにおけるマリア崇敬や聖人崇敬は行わない。
種々の聖人を崇敬する様は、プロテスタントの観点から見れば、almost 多神教! である。
何かしらの縁があれば、メキシコへ行くことになるだろう。
縁は仏教用語だけど。
というわけで、お守りをいつも使うカバンに忍ばせ、さらに一週間ほどが経った。
「周縁のキリスト教」の面白さ
私が興味を持って観察している対象の一つにキリスト教がある。
それもヴァチカンを頂点とするローマ・カトリックのど真ん中ではなく、それぞれの土地に根づく過程で、現地の文化と混じり合い、独自の姿へと変容した「周縁のキリスト教」だ。
移民国家アメリカでは、黒人奴隷たちの信仰からゴスペルが生まれた。
白人バンドによるポップス調の讃美もあれば、神の救いをテーマにラップする若者もいる。
アメリカ文化圏で長く過ごした私にとって、ラテンアメリカにおいてカトリックが現地の習慣とどう融合しているのかは、以前から興味のあるテーマだった。
一方、日本でのキリスト教の広まり方はやや特殊である。
教育や西洋文化との結びつきの中で受容されてきた歴史もあり、私には比較的ヨーロッパ由来の文化を保っているように見える。
「教養としてのキリスト教」として、日常生活からやや乖離している印象とでもいうのだろうか。
これは、私が大人になってから洗礼を受けた、いわゆる「一世クリスチャン」で、クリスチャンホーム生まれではないことにも起因しているかもしれない。
ところが、キリスト教が社会のメジャーな文化となっている地域では、土着の文化や風習と自然に混じり合い、その土地ならではの特色を帯びていく。
その実例が、アメリカであり、そしてメキシコなのだろう。
そんな使徒、いたっけ?
メキシコのキリスト教って、どんな感じなんだろう。
ローカルでメジャーな聖人とかいるのかな?
そんな軽い好奇心で調べ始め、最初に出てきた名前が、
・グアダルーペの聖母
・サンタ・ムエルテ
・サン・フダス・タデオ
だった。

Photo: Ehécatl Cabrera / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0
「サン・フダス・タデオ」なる聖人は、貧しい労働者や社会の周縁で暮らす人々に人気があるらしい。毎月28日にミサが行われ、10月28日には聖人像を腕に抱えて集まり、大々的に祝う習慣があるという。
……ん!?
この間、下北で買ったお守りって……!?

なんと私は、無意識のうちにそのお守りを手に入れていたのだ。
サン・フダス・タデオはイエスの十二使徒の一人で、日本語の聖書では「タダイと呼ばれるユダ」と訳される。イエスを裏切ったイスカリオテのユダとは別人だ。
「えー、そんな使徒いたっけ? 何した人?」
と聖書を参照してみたところ、弟子の名前が列挙されている箇所に加えて、実に一か所しか登場しなかった。
この聖人がメキシコで人気を集めた経緯も、また興味深い。
伝承によれば、裏切り者イスカリオテのユダと同じ名前だったため、長らく信仰を集めにくく、絶望的な状況のときにだけ頼られる聖人になったという。
メキシコでは、貧しい地域の人や肉体労働者、医療へのアクセスがない者、非行少年など、厳しい生活を送る人々の間で爆発的な人気を集めているそうだ。
だから祈りの中に、
「会社、ビジネス、取引」
「容易で最小限の努力で、仕事、幸運、お金を与えてください」
などと書かれているわけか。
現金な祈りだなー、と最初は笑ってしまったのだが、どうもメキシコの社会状況を見るに、この祈りには切実な想いが託されているようだ。
それに、「仕事とお金をください」は、フリーランスの漫画家にとっても切実な祈りである……。
というわけで、聖ユダ・タダイに妙なシンパシーを抱いた私は、メキシコ行きの日取りを10月末に決めたのだった。
つづく!
おまけ:サボテン好きなのかもしれない

