私だって文学フリマに行きたかった|かなしいGWの日記
5月1日(金)
小1が気難しい。髪の毛を切りに行くと前日から伝えていたのに、放課後迎えに行くと機嫌がすこぶる悪い。口が達者だから、吐く言葉がめっちゃ鋭利でちゃんとくらってしまう。はあ、彼が新生活を必死でがんばっているのは知っているよ。
小1もその母も、お互いの不機嫌や戸惑いを受け止め合うキャパがない。これが小1の壁ってやつか。ほんと、イヤな言葉だぜ。この言葉がきらいな理由は、「あるある」の困難に自分がぶつかっていることをプライドが許さないからだろう。ちいさな人間だ。
髪を切った彼はとてもかっこよく、かわいく、たまらんかった。

5月2日(土)
GW、大型連休への苦手意識が消えるのはいつだろう。ひとり親になってから「子につまらん毎日を手渡したくない」と、プレッシャーをこえて恐怖がずっとある。最近は生活に自信、いや、3年間過ごした実績が生まれて少し肩の力が抜けたと思っていたのにね。世の中が浮き足立つすてきな季節になると、誰にも哀れまれていないのに勝手にムキになる私。
スーパーマリオの映画を、母と子どもたちと観に行った。なかなかよかった。3歳次男はずっと耳をふさいでいた。バンドのライブでは爆音も平気なのに映画館では最近この調子。でも映画館は好きらしいし、音を気にせず寝る瞬間もある。ふしぎな子だ。
小1と3歳との外出は機嫌がよくても悪くても大変で疲れる。でも二人が楽しかったと笑うと安心する。そうなって初めて、わがままに子どもらしく振る舞う、つまり私に気を使っていない息子たちの様子に安心する。悩みと喜びは表裏一体というか、めんどくさい。

5月3日(日)
GWに雨降んなよ。
5月4日(月)
文フリに私も行きたかった。会いたい人、買いたい本が集まる場所はここから遠すぎた。
でも、行けなかった悲しさだけじゃないでしょう、私のモヤモヤは。いそがしい毎日を過ごしながらも今日まで準備してきた人たちへの尊敬の気持ちが、「自分はできなかったなあ」と、しょうもない気持ちに変わったのでしょう。
もっと仕事がしたい、もっと子どもと向き合いたい、もっと自分に手をかけたい、もっと本を読み、映画を観て、音楽を生で聴きたい。調子がいいときは「できる範囲で少しずつやっている私◎」と思えるのに、こんな日は「ぜんぶ中途半端なおもしろくねえ女!」となる。
でもこんな日も、かわいい義理の妹がうちに来て、おいしいごはんとお酒を楽しんで、子どもたちにも愛をたくさんくれた。いいこともあったのだよ。
「あした子どもの日だからね、子どもたちに絵本のプレゼント。チカちゃんにはこれ。もうすぐ母の日やから、いつもおつかれさま」と絵本2冊とおしゃれなビールをくれた。ちょっと泣いたよね。「涙腺終わってるわ」と言うと、義理妹が「おばさんやん」と笑ってくれてうれしかったわ。

