バレエ感想「光藍社 バレエの美神-Ballet Muses 2025」東京公演A/Bプロ
さて本日で2025年も終わるということで、今更ながら2025年で1番心に染み入った光藍社主催の「バレエの美神」の感想を書いておきたいと思います。私はA/B両プロとも見に行きましたが、どちらも間違いなく2025年で1番心に残る素晴らしい公演でした。
ボリショイやマリインスキーのプリンシパル達による踊りが美しかったのはもちろんですが、それ以上に参加ダンサーや演目のチョイス、全体の構成など、担当者や出演者によるバレエへの大きな愛を感じました。観客も一体となったバレエへの大きな愛が表現されたように感じ、そこに心を打たれた公演でした。
最近のバレエ・ガラ公演の現状について
日本はバレエ大国でそれなりの集客も望めるからなのか、バレエ公演が沢山開催されています。とは言え量に質が追いついているかというと残念ながらそんなことはなく、特に沢山のダンサーが参加するガラ公演となるとどれも似たような内容になるのが普通で、正直飽きを感じている観客も多いと思います。いくら凄い人が出ているとしても、ガラ公演となると上演されるパドドゥは基本的に同じようなものになってしまうのです。
そういう意味では今回の「バレエの美神2025」は出演者もこだわり抜かれ、演目やフィナーレに至るまで、主催者側のコンセプトや届けたい想いが伝わってくる、近年稀に見るよく練られた素敵な公演だったと思います。
ここ数年は戦争の影響もあり、日本だけでなく世界中でロシアのバレエ団やバレエダンサーの招聘が出来なくなりました。しかしロシアバレエというのはバレエ界において欠かせない歴史の重要な一部であり、特に日本のバレエ界はロシアバレエのスタイルからかなり多くの影響を受けています。
バレエファン達の中にもロシアバレエの美しさを見たいと願う人は多く、今回の光藍社の公演はロシアバレエの美しさを表現できるダンサーや関係者を集結させ、バレエの芸術性と愛を示したという意味で貴重な公演でした。
「バレエの美神」(A/Bプロ)公演感想
エリザヴェータ・ココレワとダニール・ポタプツェフ(Elizaveta Kokoreva and Danil Potaptsev)
今回の公演はバレエファンが大注目する実力者達が集まりましたが、特に観客が注目していたのはボリショイバレエ団の最年少プリンシパルであるエリザベータ・ココレワではないでしょうか。

2017年に日本の大川航矢さんがモスクワ国際バレエコンクールのシニア部門で金賞を受賞した際、ジュニア部門で金賞を受賞したのがココレワです。小柄ながらも確かなテクニックを持つダンサーでいつか見たいと思っていたので、8年越しに願いが叶って嬉しかったです。
ココレワはカルメン、ラ・シルフィード、グラン・パ・クラシックの3演目を踊ったのですが、テクニックの強さがまず日本では見られないレベルの正確さと強靭さでした。若干童顔なココレワがカルメンの色っぽさをどう表現するのかと思っていましたが、足の使い方が魅力的で美しい脚線美に私自身も絆されてしまいました。パートナーのダニール・ポタプツェフはまだ若いので、カルメンに翻弄させられる純情さが出ていて素敵でした。
ラ・シルフィードも強靭な技術力によってつま先で立つというバレエの特性を最大限活かした本物の妖精のような動きで美しかったです。可憐なシルフィードを見せてくれたと思ったら、グラン・パ・クラシックでは堂々たるプリマバレリーナとして圧巻のパドドゥを見せてくれ、彼女が持つ色々な表情にすっかり魅了されました。
ぜひまたすぐにココレワとポタプツェフの踊りが見れますように!

佐々晴香とダヴィッド・モッタ・ソアレス(Haruka Sassa and David Motta Soares)

ココレワの次に印象的だったのが、ベルリン国立バレエ団プリンシパルの佐々晴香さんとダヴィッド・モッタ・ソアレスのペアです。このペアについては正直あまり期待していなかったと言ったら怒られると思いますが、ロシア勢の中に1組だけベルリン勢が入るので良くも悪くも浮くだろうなと思っていました。
しかし個人的にはこのペアがとても素敵で良い意味で期待を裏切ってくれ、大好きになりました。
ダヴィッド・モッタ・ソアレスは実はボリショイ・バレエ団元リーディング・ソリストです。なので彼の踊りはロシア風かなと予想していたのですが、ロシア人勢に負けない長い手足は持ちつつも、ブラジル出身のラテン的な明るさもあって快活で楽しそうに踊っていたことが印象的でした。
特に心を動かされたのが佐々晴香さんで、Aプロの「シルヴィア」パドドゥでは美しいバランスを完璧に決めるだけでなく、「一緒に踊ろうよ!」と観客に語りかけてくるような朗らかな表現は今でも忘れることが出来ません。バレエの舞台において客席と舞台は完全に分断されていますが、佐々さんの表現はそれすらを乗り越えて観客を幸せな気持ちにしてくれる明るい踊りでした。Bプロの「ドリーブ・パ・ドドゥ」も素敵でしたが、上述の理由により私はAプロの方が印象に残っています。
ロシア勢ばかりの中でソアレスと佐々さんは春の新緑の風を届けてくれるような新鮮さがあり、明るくて幸せそうで、この2人の踊りをいつまでも見続けたいと思いました。
アリョーナ・コワリョーワとエゴール・ゲラシェンコ(Alyona Kovalyova and Egor Gerashchenko)

もう1人のボリショイ・バレエ団プリマバレリーナのアリョーナ・コワリョーワは実はバレエの美神公演は皆勤賞で、前回も前々回も参加しています。
今回コワリョーワを見て驚いたのが、前回はまだ少女のようなあどけなさを持っていた彼女が、完全に1人の女性として成熟したということです。バレリーナの若くて初々しい時期はあっという間に過ぎ去るんだなと思いました。
同じくボリショイ・プリンシパルのエゴール・ゲラシェンコとは「海賊」「黒鳥のパドドゥ」そして「愛の伝説」よりフェルハドとメフメヌ・バヌーのパドドゥを踊ってくれるという大盤振る舞い!まさか日本で再びグリゴローヴィチの愛の伝説を見れる日が来るとは思いませんでした。

ゲラシェンコはやたら鼻をすすっていたので体調不良だったのかもしれませんが、身長180センチ近いコワリョーワと並んでも見劣りしない体格から繰り広げられる技はパワフルでした。余談ですがコワリョーワが海賊で着ていた白いチュチュはボリショイの「シンフォニー・イン・C」の衣装かと思います。Youtubeで見て「素敵な衣装だな」と思っていたので、まさかの実物を見れて嬉しかったです。
マリア・ホーレワとマカール・ミハルキン(Maria Khoreva and Makar Mikhalkin)

ワガノワ・バレエ学校時代からの有名人のマリア・ホーレワは、ボリショイ・バレエ団ソリストのマカール・ミハルキンと組んでの参加でしたが、ホーレワはマリインスキーのダンサーなのにボリショイっぽい派手でメリハリをつけた踊りであり、一瞬どこのダンサーだか分からなくなりました。
衣装もおそらく自前だったのだと思いますが、バヤデールの影の王国なのにキンキラだったり、とにかく全てがギラギラと派手でした。雰囲気もだいぶこなれた感じというのか、若くて初々しい様子は一切なく、大ベテランの風格を醸し出していました。マリインスキーっぽい落ち着いたたおやかな踊りを予想していましたが、ボリショイのベテランプリマのような雰囲気でした。
対照的に若々しくて好印象だったのはマカール・ミハルキンです。
今回は小さいステージだったので男性は割と力をセーブしているダンサーが多かったのですが、ミハルキンはジャンプも回転も常に全力で一生懸命でした。ホーレワに翻弄されていて付いていくのに必死そうではありましたが、それ以上にここで踊れていることが楽しくてたまらないという様子で、一切のセーブ無しにステージ上を飛び回っていたことが印象的でした。ぜひまた彼の踊りを見たいです。
ユリア・ルキネンコとヴィクトル・レベデフ(Yulia Lukyanenko and Victor Lebedev)

このペアは残念ながら期待ほどでは無かったというのが正直な感想です。ジゼル、白鳥の湖、コンテンポラリーの3作品を披露してくれましたが、2人ともスタイルは綺麗なのですが、非常に体が重そうで、それを覆すほどの濃厚な芸術性もありませんでした。
調子が悪かっただけの可能性もありますが、他の参加者と比べきらめきや魅力を感じられなかったのが正直な意見です。
マリア・イリューシキナとティムール・アスケロフ(Maria Ilyushkina and Timur Askerov)

この2人はマリインスキーから参加したプリンシパルペアです。ジュエルズの「ダイヤモンド」、「眠れる森の美女」、「エスメラルダ」の3演目を見せてくれました。ホーレワほどケバケバしさやドギツさは無く、マリインスキーならではの落ち着きや優雅さを見せてくれていたと思います。
しかしロパートキナやヴィシニョーワらマリインスキーの全盛期のバレエダンサーと比べると、技術的な部分の弱さがあり、また優雅さという意味でも彼女達には及ばないなと感じました。特にバランシンの「ダイヤモンド」はロパートキナの映像を何度も見ていたので、イリューシキナの踊りには彼女ほどの荘厳さと品格が無かった点は残念でした。アスケロフは体力的に相当きついのか、ジャンプで省エネしているのがよく分かってしまいました。
技術的な部分を見ると昔のマリインスキーと今のマリインスキーを比較してしまい物悲しくなったのですが、石井久美子さんのSNSで「プリマなりたての若いマーシャをぜひ見て」という投稿を見ており、その点に注目するとこのペアの見え方はまた違いました。
技術的には若干危うい部分がありましたが、若くてキラキラしていて、まだ初々しさが残るイリューシキナはそれだけでも輝いていました。
バレエの見方が変わった(石井久美子さんのSNSを見て)
私の生徒さんへ、
絶対、絶対、劇場へ観に行ってほしい‼️
マーシャはここからどんどんベテランになっていちゃうけど、
プリマになりたての、若い頃のマーシャは今しかないよ、って思うの。
さて今回の公演で個人的に印象的だったのが、バレエの見方について考えさせられたことです。きっかけは石井久美子さんの投稿を見たことですが、おかげで技術以外にも若さやダンサーの成長にも注目できるようになりました。ちなみに石井さんは日本人で初めてマリインスキー・バレエ団に入団された実力者です。
公演前に石井久美子さんが「プリマになりたての、若い頃のマーシャ(イリューシキナ)は今しかない」と書かれてて、それを見た当時は意味がよく分分かりませんでした。 しかし今回の公演で3年前は少女みたいなあどけなさを残していたコワリョーワがすっかりベテラン・プリマの風格になってて、バレエダンサーの若さって本当に一瞬だなと理解しました。
マリア・イリューシキナは綺麗でしたが、緊張していたからか踊りには硬さが残っていました。今までの私だったら「技術力不足」と決めつけて批判していたかもしれませんが、上述の石井さんの投稿を思い出しながら舞台を見ていたら、そのおぼつかない様子ですら初々しいオーロラの表現のように見えて舞台の見え方が全く違ったことが印象的でした。
バランシンの「ダイヤモンド」は直前に出演したコワリョーワが「愛の伝説」で美貌を失ったメフメネ・バヌーという役を演じていたのですが、彼女の慟哭は美しさだけでなく若さを失った絶望にも見えました。
コワリョーワの後に若さを残すイリューシキナが踊ったのですが、イリューシキナの若々しさによって彼女の美しさがさらに際立っていたように思います。 それだけ若さというものはバレリーナにとっては貴重でかけがえのないものだと改めて感じました。
その点に感動出来たのは石井さんの投稿を見たからだと思います。バレエには色々な見方があるということを教えてくれたことに感謝です。
プロのバレエダンサーのバレエを見る視点というものは本当に勉強になります。新しい着目点を知ることによって自分が舞台を見た時の感じ方が変わることもあります。
知識と経験を持つ専門家達の話は、バレエ鑑賞の経験をさらに豊かなものにしてくれると思うのです。
バレエへの愛と尊敬に溢れたフィナーレ(岩田守弘さん振付)
Ballet Muses-バレエの美神2025-
— 【公式】光藍社 バレエ(こうらんしゃ) (@koransha_inc) November 4, 2025
フィナーレの振付・演出はアーティスティック・アドバイザーである岩田守弘氏に手掛けていただきました!
スターたちが一度にステージに集結し、最高の盛り上がりを見せるフィナーレは、ガラ公演ならではですよね✨
明日は愛知公演です!:https://t.co/UuGvD5E4XN pic.twitter.com/TRSGqQTD2c
さて「バレエの美神」は公演自体も神がかっているレベルで素晴らしかったのですが、最後の最後にフィナーレでさらに感動させられました。
通常のガラ公演のフィナーレというと、だいたいジャンプや回転を派手に行って盛り上がるものなのですが、今回の公演のフィナーレは最後までロシアバレエへの愛、ダンサー達へのリスペクトと称賛、そして余韻を残すものでした。
まず振付が素晴らしくて抜粋映像がありますが、グリゴローヴィチの「くるみ割り人形」やバランシンの「ダイヤモンド」アダージオなど、ボリショイやマリインスキーで上演されている数々の演目を上手に入れ込んでいます。
現在でこそYoutubeやSNSがありますが、数十年前までバレエはビデオなどでしか見ることができませんでした。私の家にもグリゴローヴィチの「くるみ割り人形」のDVDがありましたが、フィナーレのココレワとポタプツェフを見て、マクシーモワとワシーリエフが踊っていたくるみの雪のシーンを思い出しました。色々なバレエ映像や公演を見てきたバレエファン達が見れば、すぐに「あのシーンだ!」と懐かしく思い出す動きが入れられた振付は、ロシアバレエの歴史を伝えているようで感動しました。
それに加えて最後は落ち着いた音楽の中1組ずつレヴェランスをする時間を設けて、観客からの拍手と称賛をダンサーが受けられるように工夫されており、ただ派手な技を見せて盛り上がるだけの通常のフィナーレとは一線を画していました。
ここまでの意匠を入れられるとは、相当ロシアバレエの歴史に精通している人が振付をしたのだろうとは思っていましたが、まさかのボリショイ・バレエ団元ファースト・ソリストの岩田守弘さんが振付でした。ボリショイで活躍し、ロシアの国立バレエ団の芸術監督も務めた、ロシア・バレエの生き字引のような岩田さんによる愛と尊敬に溢れた振付は観客の心を動かすものがありました。
ロシアバレエへの愛と歴史を振付に入れ込んで最後までバレエの美しさと芸術性の高さを伝えたことに加え、ダンサー達にレヴェランスして観客の拍手を一心に受けられる場面もも入れるなど、出演するダンサーへの敬意も振付に込められていて温かい気持ちになりました。
静かな余韻を残すことによって観客の頭の中には素晴らしい踊りが反芻され、ダンサー達にもたくさん拍手することができました。ダンサーのことも観客のことも、そしてバレエのことも全てにおいて考えられた素晴らしいフィナーレでした。
