第4回 私が作った無線機を、アイルトン・セナが使っていた ── ラジオライフ誌で知った衝撃
たまには、真面目な昔話を
「あなたは、昔どんな仕事をしていたの?」
そう聞かれることは、あまりない。知る人ぞ知る、という感じだ。だから今日は、少し真面目な昔話をしたい。
私は23歳から32歳くらいまで、業務用無線機のCPU開発を中心に、ソフトウェア開発をやっていた。PLL制御、無線の電源制御、音声ミュート、EEPROM制御、チャンネル切り替え、PCからの書き込み処理、スキャン機能、LCD処理 ── ありとあらゆる処理を、一つのチップに詰め込む仕事だ。
前回までで、その無線機開発の地獄と格闘を書いてきた。今回はその続き、そして、自分でも信じられないような「オチ」がついた話だ。
少ないROMに、機能を詰め込む戦い
一番苦労したのは、わずかなROM容量に、これだけの機能を詰め込むことだった。
中でも難物だったのが、4ビットマイコンで周波数を10キーから入力する処理だ。アマチュア無線機にあるような、あの仕様。これをやるには、除算や乗算を自分で組まなければならない。4ビットの世界で割り算を実装する ── 分かる人には分かると思うが、これが意外なほど大変なのだ。
最後には、簡易トランキング機能を内蔵させて、無線機で電話をかける処理まで入れた。ここは純粋に楽しかった。
CPUは、三菱の8ビットワンチップマイコン。私は6805系の8ビットマイコンが好きだった。液晶制御まで載った三菱のマイコン、確かM37450シリーズだったか……まあ、知らないですよね(笑)。
「米粒より小さい部品」と、伝説の先輩たち
ハードウェアを担当していたのは、大手通信機メーカーからスピンアウトしてきた方々だった。あの伝説の名機を開発したような、本物のエンジニアたちだ。当然、要求は厳しい。
デバッグボードは自分で作り、米粒より小さい部品をはんだ付けして試作を手伝う。そんな日々だったが、すぐ近くに「大先生」がいる環境は、何物にも代えがたい勉強の場だった。今となっては、本当にいい経験だったと思う。
OEMで、世界へ
この無線機は、OEMで世界展開された。
アメリカのRELM(MP Series)、EF Johnson(Scorpion 5960)、そしてMIDLAND ── こうした海外の無線メーカーへ供給され、私たちの作った無線機が、別のブランド名をまとって世界中で使われていた。


基礎開発が終わると、各OEM先と仕様を詰めてソフトを作り込むのは、私の役目になっていた。25歳か26歳の頃、英語もろくにできないのに、寒いカンザスシティまで出張して打ち合わせをした。あれは今でも忘れられない思い出だ。
ラジオライフ誌での、衝撃
そして ── これは今まであまり言ってこなかったのだが、人生で一番驚いた出来事がある。
ある日、雑誌『ラジオライフ』のF1特集を、たまたま読んでいた。F1全盛期、パシフィックGPの特集だ。ドライバーとピット間の交信に使われている無線機の写真が、誌面にいくつも載っていた。


その中の一枚に、目が釘付けになった。
故アイルトン・セナの無線機。頭文字の「AS」が見える、その一台。
それは ── 私がソフトウェアを開発した、あのOEMモデル(MIDLAND向け)だったのだ。
自分が書いたコードが載った無線機を、あのアイルトン・セナが、F1の現場で使っていた。そんなことを、雑誌でたまたま知ったのである。
当時としては世界最軽量クラスの業務用無線機だった。だからこそ、トップチームがその性能を評価して、採用してくれたのだと思う。あの小さな筐体に機能を詰め込む戦いも、ROMをやりくりした苦労も、すべて報われた気がした。無線性能が、世界の頂点の現場で認められたのだ。
30年後、中国でダンプされていた基板
話には、後日談もある。
30年ほど前にお世話になった会社で、私がCPUソフトを担当した業務用無線機 ── その写真を、ネットでたまたま見つけた。どうやら、6年ほど前に中国の誰かが、EEPROMをダンプして解析しようとしている写真らしい。

懐かしい基板だった。周波数を書き換えたいのだろうな、と思う。だが、正直に言えば、ダンプしても解析はおそらく不可能だ。教えてあげたい気もするが、機密情報の漏洩になるので、それはできない・・と思ったら、解析して周波数書き換えていますね。恐るべし解析力・・(汗)
それにしても、30年近く経った今も、あの無線機が現役で動いていること自体に、ある意味で驚かされた。ネットを検索すると「どうやって周波数を書き換えるの?」という質問もよく見かける。専用のインターフェースとプログラミングツールが必要なんですよね(笑)。eBayでまだ売買されているのにも、驚いた。





あの頃に、詰め込んだもの
23歳から32歳まで。私はあの無線機たちに、自分の20代を丸ごと詰め込んだ。
PLLのロックも、音声ミュートも、4ビットでの除算も、トランキングも。少ないROMと格闘しながら、一つずつ実装していった機能のすべてが、今の自分の土台になっている。そして、その結晶が地球の裏側でセナの手に握られ、30年後には海を越えて誰かに解析されている。
エンジニアの仕事は、自分が思っているより、ずっと遠くまで届く。
技術者をやっていて、本当によかったと思える話だ。次回も、こんな昔話を続けていきたい。
