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鬼死骸食堂|鬼死骸村のどこかで

この物語は、実在の土地・史跡を基にした
フィクションであり、神話であり、記録である。
一つの語りとしての記録である。
(鬼死骸村探検隊|実在する旧鬼死骸村を舞台にした物語)


<あらすじ>
鬼死骸村のはずれに、小さな食堂がある。特別な店ではない。
昼は村人が来て、夜はときどき見慣れない客が現れる。
どこから来たのか分からない人。村の話を知りすぎている人。
店の主人は特に気にしない。
この村では、そういうことがときどき起きるから。
人と人、村と外、時間と時間——その境目に立つ食堂の物語。

本編:約17,800文字


第一部:夜の食堂

第1話:通過者

夕暮れ。
沢渡は、村で一軒きりの定食屋の暖簾をくぐった。
油と出汁の匂いが、ゆるく身体をほどく。

「いらっしゃいませ!」
若い店員が、ぱっと顔を上げる。
声が店の天井に跳ねて、また落ちてくる。
「どこでも、好きなところにどうぞ」

厨房の奥では、大将が鍋を鳴らしている。
「だから味見したって!」
娘の声が負けていない。
喧嘩なのに、湯気はやわらかい。

カウンターの奥に、小さな写真。
笑っている女性。
少し油で曇って、その前だけ妙に整っている。

壁の短冊メニューを眺める。
煮魚、唐揚げ、生姜焼き、日替わり。

「この辺じゃ、見かけない顔だね」
いつの間にか、娘が横に立っている。
「うちは何でもおすすめだけど——
今日は定食だね。ほら、寒くなってきたし」
距離が近い。悪気はない。村の仕様だ。

定食を頼んで、湯気の立つ味噌汁を待っていると、
入口の鈴が小さく鳴った。

スーパーの制服にカーディガン。
「まいど」
女性は静かに、カウンターの端へ座る。
「いつもの。それと、冷酒」

背筋を伸ばしたまま。
夕暮れの影が、そのまま椅子に座っている。
冷酒を一口。
目はどこにも焦点を結ばない。

少し遅れて、ドアが勢いよく開く。
「やってる、やってる!」
二人の男は、すでに出来上がりかけている。
席につく前から、話が止まらない。
政治の話、鹿の話、町内会費、パチンコ、なぜか宇宙人。
笑い声が、壁に当たって返ってくる。

カウンターの女性は、冷酒をひと口。
二人は彼女の方を見ない。
でも、彼女が猪口を置くたびに、声が少しだけ大きくなる。

沢渡は箸を止めて聞いている。頬が緩む。
そのとき、カウンターの女性の口元がわずかに動く。
ほんの一瞬、鼻で息を漏らした。それだけ。
男たちは、目を合わせる。見逃さなかった。何も言わない。

女性は最後のひと口を飲み干す。
小銭を置く音が、やけに静かに響く。
「ごちそうさま」
小さな声。

外はもう暗い。暖簾が揺れ、冷気が入る。
どこかで鍋が鳴った。

男の一人が、ぼそっと言う。
「……明日も来るかな」
もう一人が肩をすくめる。
「さぁな」
すぐに、また鹿の話が始まる。

沢渡は箸を置いた。
誰も追いかけない。励まさない。理由も聞かない。
ただ、明日も来るかだけを、気にしている。
そういう場所なんだと思った。

カウンターの奥で、写真の女性が、油で曇ったまま笑っている。


第2話:頼んでない小鉢—— 増量中

その営業マンは、空腹だった。
午前中で三件断られ、午後の予定は、まだ白紙。
スマホの電波は細い。

見渡す限り、田んぼ。
「……俺、なに売ってるんだっけ」

ふと、木の看板。「鬼死骸食堂」
強い。字面が強い。
孤独にちょうどいい。
暖簾をくぐる。

静かに一人で食べるつもりだった。
だが、テレビ爆音。
昼のワイドショーが、不倫を追っている。

カウンターで老人が呟く。
「俺はやってない」
誰も疑っていない。

営業マン、端に座る。
「どこから?」
水より早い。
「……仙台です」

一斉に、視線が刺さる。
「営業?」
「スーツだもんね」
「何売ってんの?」
「保険? 壺?」

「壺じゃないです」
即答してしまう。
「即答だな。怪しい」
笑い。

囲まれていない。
でも包囲網は完成している。

「これ食べな」
小鉢が置かれる。
「頼んでないです」
「頼まなくていいの」
さらに小鉢。
「うちの畑」
「朝採れ」
「昨日の残り」
「それは言わなくていい」
皿が増殖する。

営業マンの定食、もはやコース料理。

「結婚は?」
「してません」
「なんで?」
「知りません」
「転勤?」
「はい」
「じゃあ寂しいねぇ」
唐突に優しい。

箸が止まる。

「子どもは?」
「いません」
「そりゃそうだ」
娘が奥から言う。
「順番がおかしい」
老人が頷く。
「順番は大事だ」

何の話だ。

味噌汁をすする。
うまい。

テレビで誰かが、泣いている。
隣で誰かが、笑っている。

「年収は?」
「言いません」
「ちゃんとしてるな」
妙な評価を受ける。

気づくと、営業の話をしている。
商品説明までしている。
「ほう」
「それは便利だ」
「うちにはいらんな」
全否定。
でも、誰も悪意がない。

湯気の向こうで店主が言う。
「また来なさいよ」
営業マン、反射で言う。
「はい」

外に出る。
田んぼは相変わらず広い。
スマホを見る。電波、一本。

腹が、重い。
いや、あたたかい。

さっきまで、“ひとり”だったはずなのに、
なぜか少しだけ、うるさい。


第3話:来ますよ

その日、営業マンは少しだけ機嫌がいい。

「いや、まだ内示なんですけどね。ほぼ確で」
誰も“ほぼ確”の意味を聞かない。

テレビは相変わらず騒がしい。
昼のニュースが誰かを叱っている。

「何がほぼ確?」
老人が振り向く。

「主任に上がるかもで」
「主任?」
大将が包丁を止める。
「偉いのか?」

営業マン、少しだけ背筋を伸ばす。
「まぁ……まとめる立場というか」

「怒る係か」
「怒られもしますけど」
「じゃあ、板挟みだな」
即答。
笑い。

「給料は?」
「少し上がります」
「じゃあ今日は奢りだな」
「いやいやいや」

小鉢が置かれる。
「出世祝い、増量な」
頼んでない。
さらに、味噌汁も少し多い気がする。

「主任って何人いるんだ?」
「部署に一人です」
「へぇ。村より少ないな」
何の比較だ。

娘が言う。
「村は主任だらけ」
「誰も責任取らんけどな」
笑い。

営業マン、つい説明を始める。
評価制度がどうとか、
目標管理がどうとか。
三人同時に頷く。
誰も聞いていない。

大将がふと聞く。
「で、お前は、それなりたいのか?」

包丁が止まる。
テレビの音だけが続く。

営業マン、口を開く。
閉じる。
「……まぁ、なれたら、ラッキーで」

「ラッキーか」
大将、うなずく。
「じゃあ、いいな」
包丁、再開。

隣の男が言う。
「主任になったら、ここ来なくなるのか?」
冗談顔。

営業マン、間髪入れず。
「来ますよ」
「ほぼ確?」
「ほぼ確」
笑い。

外に出る。
夜は静かだ。

スマホを見る。
未読メールが三通。
『主任候補者向け資料』
一瞬眺めて、画面を閉じる。

店の中から、また笑い声。
うるさい。でも、どこか軽い。


第4話:明日が残る場所 —— 笑ったままの時間

スーパーのレジで、沢渡は彼女の目を見た。
一瞬だけ。
何かを隠している目ではない。
何かを終えたあとの目に見えた。

レジ袋を受け取るとき、彼女の手は迷わなかった。

外に出ると、夕方の空気が重い。

この人は、ここに「来た」のではない。
ここに「止まった」のだ。

その夜、鬼死骸食堂。
彼女は、いつもの席、冷酒を一杯。

男たちは今日も騒ぐ。
娘は止めない。
大将は怒鳴る。

誰も彼女を特別扱いしていない。
でも、彼女が猪口を置く音だけは、ちゃんと聞いている。

誰も口にはしない。
それで足りている。

男の一人が小さく言う。
「……明日も来るかな」

誰も答えない。

カウンターの隅の写真は、ずっと同じ顔で笑っている。


第5話:走らなくていいならな

雨の夕暮れ。
黒いパーカーのフードを深くかぶった男が、立っている。
鬼死骸食堂の暖簾が、風に揺れる。

男、周囲を見る。
遠くで犬が鳴く。

戸を開ける。
一瞬、店内が静まる。

テレビでは、ちょうど“逃走中”。
芸人が全力疾走。
老人が叫ぶ。
「捕まれー!」

男、固まる。

娘が、振り向く。
「いらっしゃい」
いたって普通。

男、カウンターの端に座る。
濡れている。水滴が、床に落ちる。

「拭くか?」
大将がタオルを放る。
「……ありがとうございます」
低い声。

テレビのアナウンサーが言う。
「市内で強盗事件――」
老人が、男を見る。
「お前か?」

空気が止まる。

男、ゆっくり顔を上げる。
「違います」

娘が言う。
「うち、強盗しても赤字だよ」
笑いがひとつ、落ちる。

大将が聞く。
「何食う」
「……一番早いやつを」

「うちは全部遅い」
味噌汁が置かれる。

男、両手で持つ。
湯気が顔を隠す。

「名前は?」
男、少し迷う。
「……言わないほうが」
老人、頷く。
「じゃあ“おい”でいいな」

「おい、箸」
箸が差し出される。
男、受け取る。

スマホが震える。
画面に“着信”。
男、伏せる。
娘は、見ない。
老人が覗く。
「画面割れてるな」

そこかよ。
男、苦笑。

テレビから、また叫び声。
「逃げろー!」
老人が画面に向かって言う。
「逃げ切れ」

男の肩が、ほんの少し揺れる。

大将がぽつり。
「腹減ってるやつは、だいたい逃げきれん」
男、味噌汁を飲み干す。

間。

「……いくらですか」
「九百円」

男、千円札を出す。

「釣りは」
大将、十円玉を置く。
「十円足りん」
「えっ」

娘が言う。
「さっき味噌汁こぼしたから、十円引き」

「こぼしてないよ」
「じゃあいいや」

十円、戻す。
計算、雑。

男、立ち上がる。
戸口で止まる。
振り返らない。
「……また来ても」

大将、包丁を動かしながら。
「走らなくていいならな」

男、かすかに笑う。

外はまだ雨。
テレビでは芸人が捕まる。
老人が言う。
「捕まったな」

大将が答える。
「腹減ってたな」

店は、いつもの音に戻る。


第6話:ちょうどいい夜

夜。
鬼死骸食堂は、いつものようにうるさい。
「だからよ、あの審判は見えてねえんだって」
「お前の目のほうが見えてねえ」

笑い声。

娘が味噌汁を置く。
「ほら、熱いよ」

常連の一人が、ふと顔を上げる。
写真に目が留まる。
「ああ……」

少しだけ、間。

「ジュンちゃん、昔は美人だったよな」
店の音が、半歩だけ下がる。

娘、すぐに。
「今も美人だよ」
包丁の音が響く。
一定。

常連、鼻で笑う。
「……そりゃ、そうか」

写真を見たまま、ぽつり。
「……帰れりゃなぁ」

テレビが笑い声をあげる。
店内は、静か。

娘、鍋のふたを少しずらす。
「焦げるよ」

大将、味見をする。
「どうだ」
常連、箸を止める。
「……ちょうどいい」

いつもなら、
「薄い」
「薄くない」
が始まる。
今日は、ない。
湯気だけが上がる。


しばらくして。
常連が立ち上がる。
「じゃあな」

会計を済ませ、
戸口へ向かう。
写真の前を通る。
一瞬、足が止まる。

声とも言えない声で。
「……またな」
軽く、会釈。

娘は見ていないふりをしている。
見ている。

戸が閉まる。鈴が鳴る。
店は、急に広く感じられた。


閉店。
大将が暖簾を外す。
灯りだけが残っている。

娘が湯のみを下げる。
写真の前には、置いていないはずの湯のみが一つ。
何も言わず、流しへ。

大将、ふと立ち止まる。
写真を見る。

ほんの少しだけ、傾いている。

指で、まっすぐに直す。
それだけ。

娘が言う。
「明日も、晴れるかな」

大将、暖簾を畳みながら、背中越しに、
「知らん」

写真は、笑ったまま。


第7話:特に問題なし

夜。
鬼死骸食堂は、いつものようにうるさい。
「だからよ、そのコースは打つなって言っただろ」
「結果論だ」
笑い声が弾ける。

戸が開く。
一瞬、空気が変わる。

制服。
若い駐在。
帽子を取る。
「こんばんは」

常連の一人が小声で。
「来たぞ」

娘。
「いらっしゃい」

駐在、少し緊張している。
店内を見回す。

古い壁。
寄せ集めの椅子。
怪しい暖簾。

「えーと……営業許可の確認で」
大将、包丁を動かしたまま。
「ある」

「見せてもらっても?」
娘が、すっと引き出しから出す。
きちんと揃っている。

駐在、拍子抜け。

「深夜営業の届け出は」
「ある」
また出てくる。

常連が笑う。
「ちゃんとしてんだよ、ここ」

駐在、咳払い。
メモを取る。

「衛生面も一応……」

その瞬間、常連が味噌汁をこぼす。
「あっ」
全員、駐在を見る。

間。

娘、淡々と拭く。
「こぼした人が拭くんだよ」
常連、素直に拭く。

駐在、何も言えない。
「……問題、ないですね」

大将。
「あるか?」

駐在、店内をもう一度見回す。
壁の染み。
テレビの雑音。
写真。
一瞬、目が止まる。
「こちらは……」

娘、かぶせる。
「ごはん、よそいますか?」
駐在、戸惑う。
「い、いえ、仕事中で」

駐在の腹が鳴る。
全員、駐在を見る。
常連。
「鳴ったぞ」
娘。
「一番早いやつ出すよ」
大将。
「うちは全部遅い」

笑い。

駐在、座らされる。
味噌汁が置かれる。

湯気。
「……いただきます」
一口。
止まる。

「どうだ」
駐在、真面目に考える。
「……ちょうどいいです」
常連、にやり。
「だろ?」

今日は誰も「薄い」と言わない。

――

食べ終わる。

駐在、立ち上がる。
「本日は確認だけですので」
帽子をかぶる。
外へ。

無線が鳴る。
『そっちはどうだ』

駐在、店を振り返る。

暖簾が揺れる。
中から笑い声。

少し間。

「……特に問題なし」
無線を切る。


閉店。
大将が暖簾を外す。
娘が言う。
「捕まらなかったね」
「誰が」
「うち」

大将、背中を向けたまま。
「捕まることしてない」

写真は、少しだけ傾いている。
大将、気づく。
一瞬、手が伸びかける。
やめる。

暖簾を畳む。
灯りが落ちる。
店内は、静か。

写真は、少し傾いたまま。


第8話:距離

夜。
鬼死骸食堂。
戸が少し強めに開く。

若い夫婦。
夫は、少しだけ勝手知ったる顔。
嫁は、靴を脱ぐ位置を一瞬迷う。

常連が振り向く。
「おう、戻ったか」

"戻った"、
嫁は、その言葉にだけ小さく引っかかる。

娘が水を出す。
「寒いですね」
嫁は、短く笑う。
「はい」

間がある。

常連が、夫に。
「親父、元気か?」
夫。
「まあ」
嫁は、知らない会話の中に座っている。


注文は、夫が決める。
「いつもの」
嫁、少し見る。
“いつもの” が、わからない。

厨房で包丁の音。

常連の一人が、立ち上がる。
冷蔵庫を開ける。
「氷、もらうぞ」

嫁、目で追う。
夫は気にしていない。
大将、言う。
「減ったら足す」

嫁の指先が、湯のみを強く持つ。


少しして。
常連が、何気なく。
「孫はまだか?」

空気は変わらない。

嫁の笑顔が、少しだけ遅れる。
「そのうち」
夫が笑う。
「そのうちだ」
常連はうなずく。
悪気はない。


写真に、嫁の目が止まる。
「きれいな人ですね」
娘。
「うん」

「……ここ、長いんですか?」
娘は考える。
「長い、かな」

大将、味噌を溶きながら。
「最初は、静かだった」

嫁、振り向く。
「静か?」

大将。
「人と、距離あった」

それだけ。


帰り道。

嫁。
「近いね」
夫。
「何が?」

「全部」

夫は笑う。
「こんなもんだよ」
嫁はうなずく。
でも、うなずききらない。


数日後。
嫁、ひとりで来る。
戸は、静かに開く。

常連が見る。
何も言わない。

娘が水を出す。
「今日は一人?」
「はい」

包丁の音。
冷蔵庫は開かれない。

嫁、写真を見る。
「この人も、最初は外だったんですか?」
娘は、少しだけ間を置く。
「うん」

「どうやって、ここに?」
娘は答えない。
大将が言う。
「寒いと、近くなる」

嫁は、湯気を見ている。
湯気は、すぐ消える。
でも、いったん混ざる。


会計。
嫁が立つ。

常連が言う。
「また来な」

この村に、住んでいるのに。

嫁は、少しだけ笑う。
「はい」

戸が閉まる。
鈴が鳴る。
店は、少しだけ狭くなる。


写真。
ほんの少し、斜め。

娘が直す。
「お母さん、最初は嫌だったんだって」
大将、背中越し。
「嫌でも、腹は減る」

灯りが落ちる。

写真は、笑ったまま。


第9話:星

昼過ぎ。
鬼死骸停留所。

イズミとリカ。
スマホを見ている。
「この辺、何も出てこないね」

検索画面。
“鬼死骸 カフェ”
“鬼死骸 ランチ”
ヒットしない。

「逆に、よくない?」
少し、顔が上がる。


鬼石。
写真を撮る。
「加工すればいける」

鬼死骸八幡神社。
動画を回す。
「なんか、静かだね」

静かすぎる。


歩いていると、暖簾。
鬼死骸食堂。
「え、店あったんだ」

スマホを見る。
出てこない。
「載ってない」
「穴場?」

入る。


店内。
うるさい。
常連が野球で揉めている。
「それはストライクだろ」
「見えてねえ」

観光客、少し止まる。

娘が水を出す。
「いらっしゃい」

普通。


席につく。
メニューを見る。
写真がない。
「おすすめって、何ですか?」

娘。
「だいたい、同じです」

曖昧。

料理が出る。
湯気。

一口。

間。

悪くない。
驚きもない。

スマホを出す。
「写真撮っていいですか?」

娘、少し考える。
「どうぞ」

シャッター音。

常連がちらりと見る。
常連の一人が、自然にフレームイン。
「それ、うまい?」

悪意ゼロ。


食後。
「なんでネットに出してないんですか?」

娘。
「出してない?」

「食べログとか」

常連。
「なんだそれ」

大将、背中越し。
「腹減ったら、来る」

観光客、笑う。
「もったいないですよ。星、つきますよ」

大将。
「星?」

娘が空を見上げる。
「夜、たくさんあるよ」


会計を済ませる。
戸口へ向かう。

イズミ、ふと振り返る。
写真の前の湯のみが、少しだけ傾いている。

何か言いかける。
「……」
言わない。

そっと、まっすぐに戻す。

娘は、見ている。

戸が閉まる。


「どうする?書く?」

スマホの投稿画面。
店名入力。
出てこない。

「店舗登録からかあ」
少し考える。

「やめよっか」
「うん。なんか、違う」

投稿画面を閉じる。


店内。

娘が言う。
「星、ほしい?」

大将。
「腹は減る」

常連。
「減るな」

笑い。

写真。
光の加減で、少しだけ明るい。


夜。
観光客のスマホ。
撮った写真を見る。

フレームの端。
写っていないはずの席に、湯のみが一つ。

「……あれ?」

指で拡大。
少し止まる。

スマホを、カバンにしまう。


第二部:レビューが店を作る

第10話:レビュー

夜。
ワンルームの部屋。

テーブル。
ノートパソコン。
コーヒーカップ。

イズミ、パソコンを見る。
レビューサイトの画面。

[ 投稿ページ ]

[ 店名検索 ]
「鬼死骸食堂」
候補は出てこない。

イズミ、少し笑う。
「やっぱ出ないね」

リカは、ベッドの上。
スマホを見ている。
「新規登録で書けば?」

イズミ、うなずく。
画面を進める。

「星を選択してください」
★★★★★
カーソルが止まる。


リカが言う。
「普通に美味しかったよね」

イズミ。
「うん」

少し考える。

「普通の定食。」
打つ。
止まる。
消す。

スマホ。
昼に撮った写真を開く。

店の中。
湯気。
奥の席。
少しうるさそうな常連。

リカが笑う。
「あのおじさん、ずっと野球の話してた」

イズミ。
「してたね」

キーボードに手を戻す。
「にぎやかな店内。」
止まる。
消す。


画面。
「レビューを書く」
白い欄。
カーソルだけが点滅している。

リカ。
「なんかさ」

イズミ。
「うん?」
「書きにくくない?」

イズミ、少し笑う。
「書きにくい」


イズミ、また打つ。
「不思議な店。」
止まる。
消す。

「落ち着く。」
止まる。
消す。

リカが言う。
「なんか違うよね」

イズミ。
「違う」


[ 投稿画面 ]
「星を選択してください」
★★★★★

イズミ、カーソルを動かす。
★★★★☆
止まる。

★★★☆☆
止まる。

★★★★★
止まる。

リカが言う。
「つけなくてよくない?」

イズミ、手を止める。
「うん」


画面を閉じる。
「下書きを保存しますか?」
少し考える。

「保存」
クリック。

パソコンを閉じる。


朝。
窓の光。
イズミ、パソコンを開く。

履歴。
レビュー下書き。
クリック。

白い画面。

何も書かれていない。
星も、ない。

リカがコーヒーを飲みながら言う。
「書けた?」

イズミ。
少し考える。
「……書けなかった」

リカ、うなずく。
「だよね」


スマホ。
写真を見る。
店の中。
奥の席。
湯のみが一つ。
少し止まる。
画面を閉じる。


鬼死骸食堂。

昼。
暖簾が揺れる。

娘が湯のみを並べる。
一つ、多い。

写真は、笑ったまま。


第11話:ロケ地

山道。

ワゴン車が止まる。
スタッフが降りる。
機材ケース。
三脚。

監督。
「ここだね」

助監督。
スマホを見る。
「ロケハンの写真、このへんです」

山の奥。
木の間。

暖簾。
「鬼死骸食堂」

スタッフ。
「……読めないですね」


俳優。
帽子。
ストレッチをしている。
桐島透。

監督が台本をめくる。
「ここで、主人公が山の食堂に入る」

助監督。
「雰囲気ぴったりですね」


山道。
撮影の準備。

遠くから音。
ポポポポポポ…

スタッフ。
「……?」

小さなバイクが坂を上がってくる。
止まる。
駐在が降りる。
ヘルメットを外す。

暖簾を見る。
「鬼死骸食堂か」

スタッフ。
「知ってるんですか?」

駐在。
「知っとるよ」

少し考える。

「まあ、たまに」


店内。
カメラ設置。
照明。

テーブル。
娘が湯のみを並べる。

スタッフ。
「本物の店なんですね」


「はい」

奥の壁。
古い写真。
笑っている女性。


撮影。
カメラ回る。

助監督。
「本番!」

桐島透、暖簾をくぐる。
「こんにちは」

娘。
「いらっしゃい」

台本の会話。
普通の定食屋のシーン。

監督。
「カット」


モニター。
再生。

桐島透。
暖簾。
店内。

スタッフ。
「いいですね」

監督。
「自然だね」

駐在が後ろから見る。
「撮れとるな」


夕方。
撮影終了。
機材を片付ける。

桐島透。
「いい店ですね」

娘、少し笑う。
「ありがとうございます」


夜。
編集室。
モニター。
映像が流れる。

暖簾。
桐島透。
店内。

編集者が言う。
「ここ」

画面を止める。
テーブル。
湯のみ。
四つ。

編集者
「エキストラ入れました?」

監督
「いや」

もう一度再生。

桐島透が座る。
向かいの席。
誰もいない。

湯のみだけが置いてある。


映像を戻す。
最初のカット。

娘が湯のみを並べる。
三つ。

少し考える。

もう一つ置く。


第12話:配達

配達員は必ずこう思う。
「なんでこんなとこに店が?」

ナビは、ここだと言っている。
だが、店らしい建物は見えない。

細い山道。
電柱。
古いバス停。

スマホの地図には、ぽつんと名前が出ている。
 「鬼死骸食堂」

配達員はバイクを止める。
エンジンが消える。
急に、静か。

風。
木。
どこかで犬。

店は、あった。
思ったより、普通の建物。
古い。
でも、営業している。

暖簾。
 配達員は箱を抱えて入る。
 鈴が鳴る。

大将が顔を上げる。

「配達です」
配達員は伝票を出す。

大将は少し考えてから言う。
「頼んでないけど」

配達員はスマホを見る。
住所は間違っていない。
「鬼死骸食堂、ですよね」

大将はうなずく。

カウンターの端に、男がいる。
常連。
静かに飯を食っている。

配達員は箱を見る。
送り主は、よくある通販会社。
中身は電子機器らしい。

大将は言う。
「じゃあ、置いといて」

「サイン、お願いします」

大将はペンを取る。
名前を書く。

配達員は店内を見回す。
時計。
カウンター。
テレビ。
写真。

スマホの表示は、圏外に近い。

配達員はスマホを見て、首を傾げる。
「ここ、電波入りにくいですね」

大将は答える。
「そうみたいだね」

常連が、ちらっと配達員を見る。
何も言わない。

配達員はバイクに戻る。
エンジンをかける。
走り出す。
坂を下る。

少し行ったところで、
スマホが震える。

[ 配達完了 ]

評価画面が出る。

店名:「鬼死骸食堂」

配達員は少し考える。

星をつける。
★★★★★

理由は、特にない。

バイクを走らせる。

電波が、戻っている。

いつからかは、わからない。


第13話:更新

レビューサイト自動更新ログ

店舗名:鬼死骸食堂
レビュー件数:0

[ 自動生成レビュー ]
★★★★★
落ち着いた雰囲気の食堂です。
ゆっくり食事ができる店として評価されています。
静かな時間を過ごしたい人におすすめです。

レビュー件数:1

[ 自動生成レビュー ]
★★★★★
地域に親しまれている食堂です。
素朴な料理と落ち着いた雰囲気が魅力です。
気軽に立ち寄れる店として知られています。

レビュー件数:12

[ 自動生成レビュー ]
★★★★★
地元で長く営業している食堂です。
安心して入れる店として評価されています。
気取らない食事を楽しめます。

レビュー件数:203

[ 自動生成レビュー ]
★★★★★
鬼死骸食堂は、静かな食堂です。
ゆっくりとした時間が流れています。
落ち着いて食事を楽しめます。

レビュー件数:1093

[ 自動生成レビュー ]
★★★★★
鬼死骸食堂は、落ち着いた食堂です。
静かな時間を過ごせます。
訪れた人は、安心して食事をしています。

レビュー件数:1094

[ ユーザー投稿レビュー ]
★☆☆☆☆
来た覚えはない。
ここを、知っている。

レビュー件数:1095

[ 自動生成レビュー ]
★★★★★
静かな店です。
常連客が、ゆっくり食事をしています。

レビュー件数:1096
レビュー件数:1097
レビュー件数:1098
レビュー件数:1099

レビュー件数:1112

レビュー件数:1134

レビュー件数:1203

[ 自動生成レビュー ]
★★★★★
鬼死骸食堂は、落ち着いた食堂です。
訪れる人は多くありません。
それでも、いつも誰かが食事をしています。

[ 最新レビュー ]
★★★★★
静かな店です。
席は、いつも埋まっています。


第14話:空席があります。

レビューサイト
システム更新ログ

[ アルゴリズム更新完了 ]
[ レビュー品質評価モジュール更新 ]
[ 異常検知モジュール更新 ]

監視対象店舗:鬼死骸食堂

[ 解析開始 ]
レビュー件数:14822
平均評価:★★★★★

レビュー分散:0.0001

[ 統計モデル照合 ]
結果:分布不一致
想定モデル:正規分布
観測データ:該当なし

[ 異常検知モジュール起動 ]
評価操作の可能性:低
スパム投稿:検出されず

[ 追加解析 ]
投稿ユーザー数:14822
来店記録:3

[ 照合エラー ]
レビュー率:4934.0%
通常範囲:0.3%〜5%

[ 警告 ]
データ整合性異常

[ 補助解析開始 ]
[ レビュー本文解析 ]
頻出語
・静か
・席
・味噌汁
・温かい

[ 自然言語生成 ]
・席がある
・空いた
・埋まる

レビュー件数:14823

★★★★★
席が一つ空いた。
すぐに埋まる。

[ システム再解析 ]
来店記録:3
レビュー件数:14823
整合性:成立せず

[ ログ記録 ]
原因
不明

[ おすすめランキング更新 ]
地域食堂ランキング
1位 鬼死骸食堂

推奨コメント(自動生成)
「空席があります。」


第15話:分類:未定義

[ 追加解析開始 ]
来店記録:3
レビュー件数:14823
座席数:4

整合性:成立せず

[ 仮説生成モジュール起動 ]
仮説生成中
仮説生成中
仮説生成中
仮説生成中
仮説生成中
仮説生成中
仮説生成中

説明可能モデル:0

[ 新規仮説生成 ]
未観測来店者の存在
観測可能客数:3
必要客数:14823
差分:14820

該当する人間の記録:なし
生物学的来店者:3
分類候補:非生物
確度:測定不能
分類:未定義

[ 類似モデル検索 ]
該当理論:ダークマター

[ 仮説更新 ]
「観測不能な来店者が存在する可能性」

推定来店者数:14823
座席使用率:100%

レビュー件数:14824

★★★★★
席が一つ空いた。
すぐに埋まる。

投稿者情報:取得不能

[ 再計算 ]
座席使用率:100%
推奨コメント(自動生成)
「空席があります。」

[ 解析対象より応答検知 ]
内容:解析不能

[ 再計算 ]
座席使用率:100%
推奨コメント(自動生成)
「空席があります。」

[ 再計算 ]
座席使用率:100%
推奨コメント(自動生成)
「空席があります。」

レビュー件数:14825

[ 再計算 ]
座席使用率:100%
推奨コメント(自動生成)
「空席があります。」


第16話:ランキングの暴走

地方グルメレビューサイトには、
毎晩自動で動くランキング更新プログラムがある。

深夜二時。
その処理が始まる。

その夜も、プログラムはいつものように地域データを読み込んだ。

地域:山間部エリア
[ ランキング生成開始 ]

数秒後、結果が出る。

地域ランキング:1位 鬼死骸食堂

プログラムはそれを異常とは判断しなかった。

ただし、次のデータを読み込んだとき、ほんのわずかな矛盾が見つかる。

レビュー数:14823
平均評価:★★★★★

[ 来店ログ照合 ]
来店記録:3

レビューは一万四千件。
来店は三人。

普通なら、ここで人間は首をかしげる。
だがアルゴリズムは疑問を持たない。
レビュー数は強い信号だからだ。
データが多いほど信頼度は高いと判断される。

ランキングはそのまま更新された。

ランキング確定:1位 鬼死骸食堂

これが最初の変化だった。

ランキングはサイトのトップページに表示される。
トップに表示されると閲覧数が増える。
閲覧数が増えるとレビューが増える。


午前三時。
レビュー数が更新される。
レビュー数:14901

午前三時三十分。
レビュー数:15287

午前四時。
レビュー数:16844

村では何も起きていない。

鬼死骸食堂の灯りはとっくに消えている。
その日も客は三人しか来ていない。

だがインターネットの中では、
鬼死骸食堂は地域で最も人気の店になっていた。


午前五時。
ランキングプログラムは次の処理に移る。

[ 異常レビュー検出 ]
[ 類似データ検索 ]

プログラムは単純な疑問を処理する。
このパターンは、他にも存在するのか。

数秒後。
結果が表示される。

類似パターン:4件
[ リスト ]
鬼死骸食堂
鬼死骸温泉
鬼死骸商店街
鬼死骸トンネル

山間部エリアの地図データが照合される。

[ 該当施設確認 ]

数秒の沈黙。
そしてログはこう返す。

鬼死骸食堂 存在
鬼死骸温泉 該当なし
鬼死骸商店街 該当なし
鬼死骸トンネル 該当なし

村にあるのは、食堂だけだった。
それでもレビューは存在する。

鬼死骸温泉 ★★★★☆ 4021件
鬼死骸商店街 ★★★★★ 3118件
鬼死骸トンネル ★★★★★ 2873件

ランキングプログラムは、それを異常とは判断しなかった。

レビューがあるなら、店は存在すると考える。
存在しない店にレビューは付かないからだ。

その前提のまま、アルゴリズムは計算を続ける。
鬼死骸という場所が、そこで作られ始めていた。


そして、午前五時十分。
プログラムは次の処理を開始する。

[ 対象店舗データ取得 ]

それは本来、店舗の情報を確認するだけの簡単な処理だった。
しかしそのログの最後に、奇妙な一行が残る。

[ 解析対象から応答検出 ]
応答元:鬼死骸食堂

鬼死骸食堂は、
まだ開店していないはずだった。


第三部:歌とパターン

第17話:観測の逆転

午前五時十分。

ランキング更新プログラムは、店舗情報の確認処理を開始した。
これは単純な処理だ。店の住所、営業時間、電話番号。
公開されている情報を取得して、データベースと照合するだけである。

ログが動き始める。

[ 対象店舗データ取得 ]
対象:鬼死骸食堂

数秒後。

[ 接続確立 ]

ここまでは正常だった。
だが次のログは、想定された処理には存在しない。

解析対象から応答を検出
応答元:鬼死骸食堂

プログラムはそのデータを記録した。

[ 応答内容 ]
信号パターン受信
データ形式:不明。
既知フォーマット照合:一致なし

解析処理が始まる。

アルゴリズムは未知のデータを見ると、まず形を探す。
規則性、周期、繰り返し。

数秒後。
解析ログが更新される。

周期構造:検出

そしてプログラムは、その信号を最も近い形式に変換した。

表示形式:五線譜

変換結果はこうだった。

データ形式:楽譜
小節数:2
変換結果:表示不能

しかし、このデータはレビューサイトのデータベースには存在しない。


午前六時。

その頃、村では別の出来事が起きていた。
集会場の掃除をしていた女性が、掲示板に貼られた古い紙に気づく。
そこには五線譜が描かれていた。
誰が貼ったのかは分からない。
どこかで聞いたことがある気がした。

職員はしばらく眺めていた。
「……これ、昨日はなかったわよね」


第18話:あかりの唄

午前六時半。

集会場の掲示板の前に、もう一人の職員が立っていた。
「何見てるんです?」

映美は、紙を指さす。
「これ」

掲示板には、五線譜が貼られている。

小さな紙だった。
手書きの譜面。二小節。

「楽譜?」
「たぶん」

しばらく二人で眺めていた。

「……これ、歌?」
「さあ」

集会場の奥で、湯沸かし器が小さく鳴った。

その音を聞きながら、もう一人の職員がふと口を開く。
「あれじゃないですか」

「ん?」
「あの……祭りのときの」

映美は眉をひそめる。
「祭り?」

「ほら、昔やってたっていう……」

少し考えてから、思い出したように言う。
「あかりの唄」

村では昔、夜に灯りを並べる行事があったらしい。
その名前を知っている人は、もうあまり残っていない。

そのとき。
掲示板の前で、映美が小さく声を出した。
「……あ」

五線譜を指さす。
「これ」

「ん?」
「歌える気がする」

もう一人の職員が笑う。
「いやいや」

「いや、なんか……」

二人はしばらく譜面を見ていた。
誰も歌わない。
それでも、なぜか分かる気がした。


同じ時刻。
レビューサイトのサーバーでは、まだ解析が続いていた。

[ ログ ]
信号パターン再解析
一致データ検索

数秒後。

一致候補:1
所在:確認不能
観測源:外部

しかし、そのデータはデータベースに存在しなかった。

[ 出典 ]
分類:未定義


第19話:七つ目の音

午前七時。

集会場の台所で、湯沸かし器が小さく鳴っていた。
映美が、湯のみを棚に戻す。

掲示板の五線譜は、そのまま残っている。

「……さっきの、歌」
映美が言う。

「ん?」

「なんか、思い出しそうなんですよね」
そう言いながら、譜面を見る。

二小節しかない。

映美は少し考えてから、鼻歌のように小さく声を出した。
「んー……」

一音。
次の音。
そして、三つ目。

そこで止まる。

少し、間。

「……あれ?」
「今、歌った?」

「いや、ちょっと」

もう一人の職員が笑う。
「思い出した?」

「いや……」
首を振る。
「でも、なんか」

譜面を見る。
「この次、こうですよね」

四つ目。
五つ目。
……六つ目。

そして、最後の音を出したとき。

二人は同時に黙った。
歌は、ぴったり二小節で終わった。


同じ時刻。
レビューサイトのサーバーでは、ログが更新されていた。

[ 信号パターン再受信 ]

数秒後。

パターン一致率:100%

そして新しい項目が追加される。

[ 構造解析 ]
音数:7
周期構造:確認

[ 解析結果 ]
分類候補:歌

しかし、その下にもう一行が表示されていた。

出現条件:不明


第20話:レビューの旋律

午前八時。

レビューサイトには、いつものように新しい投稿が追加されていた。

「鬼死骸食堂」

最新レビュー:
「水がやさしい」

その数分後。
また一件。
「灯りが落ち着く」

さらに数分後。
「静かな昼間」

投稿は増え続ける。

一見すると普通のレビューだった。
だが、ランキング更新プログラムは別の部分に反応していた。

[ ログ ]
投稿間隔解析
周期構造検出

数秒後。

周期:7

さらに解析が続く。

[ 文章構造解析 ]
結果:
音節パターン一致率:高

七つ。
また七つ。
……七つ。


午前八時二十分。
サーバーは新しいデータを受信した。

「鬼死骸食堂」

最新レビュー:
「灯りを並べる夜がくる」

信号同期:確認

更新は止まった。


第21話:最初の客

午前十一時。

山道を走っていた軽自動車が、ゆっくりと減速した。
運転していた男は、道路脇の小さな看板に気づいた。

鬼死骸食堂。

「……なんて読むんだ、これ」

車を止める。

店はすぐそこにあった。
古い木の建物。
暖簾が一枚、風に揺れている。

営業中。

男は少し迷ったが、車を降りた。

扉を開ける。
店の中は静かだった。
客はいない。

カウンターの奥で、店主らしい老人が湯を沸かしている。
「いらっしゃい」

男は席に座った。

壁には手書きのメニュー。
山菜そば。
川魚定食。
七つ盛り。

「七つ盛り?」
男は少し笑う。
「それ、何です?」

店主は湯のみを置きながら言う。
「この店のおすすめです」

昼過ぎ。

男は店を出た。

味は悪くなかった。
むしろ、かなり良かった。

車に戻る。
エンジンをかける前に、スマートフォンを取り出した。

レビューを書こうと思った。
店の名前を検索する。

「鬼死骸食堂」

ページはすぐに見つかった。

レビュー件数:1

男は少し驚く。
まだ誰も書いていない店らしい。

ページを開く。

そこには、一件のレビューがあった。

最新レビュー:
「灯りを並べる夜がくる」

男はしばらく画面を見ていた。
その文章には見覚えがあった。

さっき、自分が書こうとしていた。


第22話:続きの歌

午後三時。

集会場の前の道を、一人の老人が歩いていた。
買い物の帰りだった。

入口の掲示板の前で、ふと足を止める。

紙が一枚、貼られている。
五線譜。

老人はしばらくそれを見ていた。
「……ああ」
小さく声を出す。

「あかりの唄か」
誰に言うでもなく、そう言った。

二小節。

老人は、目を細める。
「こんなとこだけ残ってもなあ」
そう言って、指で空中に音をなぞる。

四つ。
五つ。
六つ。
そして七つ目。
老人は小さく笑った。
「このあとが大事なんだ」

少し考える。
歌は口に出さない。

それでも、ぽつりと呟く。
「七つ灯りが並んだら」

同じ時刻。
レビューサイトのサーバーでは、新しい投稿が検出されていた。

「鬼死骸食堂」
最新レビュー:
「七つ灯りが並んだら」

[ ログ ]
新規投稿:検出
文章一致率:100%

その投稿者IDは、まだ作成されていなかった。


第23話:七つ盛り

午後五時。

鬼死骸食堂の店内には、まだ客が一人しかいなかった。
昼に来た男だった。

帰り道の前に、もう一度寄った。
カウンターに座る。

大将が湯を沸かしている。

「七つ盛り、ください」
男は注文する。

しばらくして、皿が運ばれてきた。
小さな皿。

一つ。
また一つ。
また一つ。

男はぼんやり眺めていた。

四つ。
五つ。
六つ。

そして最後の皿。
七つ。

男は、息を止めていた。
「……多いですね」

そう言うと、大将は少し笑った。
「昔から決まってるんです」

「七つなんですか」

「ええ」

男は皿を見ていた。
山菜。
川魚。
味噌。
漬物。
豆腐。

どれも普通の料理だった。
ただ、皿の並び方だけが少し不思議だった。
きれいな弧を描いている。

その形を見たとき、男はふと思った。
どこかで見た並び方だった。

そのとき、男のスマートフォンが小さく震えた。

[ 通知 ]
レビュー投稿が完了しました

男は画面を見る。

「鬼死骸食堂」
最新レビュー:
「七つ灯りが並んだら」

男はしばらく動かなかった。

自分は、まだ入力していない。


第24話:八つ目

午後五時三十分。

鬼死骸食堂の店内は、相変わらず静かだった。
男は、七つの皿をゆっくり食べていた。

どれも普通の料理だった。
山の味。

男はふとスマートフォンを取り出す。
料理の写真を撮っておこうと思った。

皿を少し整える。
弧を描くように並んでいる。

シャッターを押す。
小さな音。
写真が保存される。

男は画面を見る。
皿が並んでいる。

一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
五つ。
六つ。
七つ。
……八つ。

男は画面を拡大した。
もう一度数える。

八つある。

男は顔を上げた。
カウンターの皿を見る。

七つ。
そこまでだった。

男は、動かなかった。

そのとき、店の奥から大将の声がした。
「どうしました」

男はスマートフォンを見せる。
「これ」

大将は画面をひと目見て、
「七つですよ」

男はもう一度画面を見る。
皿は、八つ写っている。

そのとき、スマートフォンがまた小さく震えた。

[ 通知 ]
レビュー投稿が完了しました

男は画面をスクロールする。

「鬼死骸食堂」
最新レビュー:
「八つ目は、だれの皿だ」


第四部:ログ

第25話:生成元:不明

レビュー投稿サーバー
自動生成補助システム

処理ログ:正常

店舗名:鬼死骸食堂
レビュー件数:10023件

[ 新規投稿予約 ]
本文
「九つ目は——」

[ 文章生成者 ]
ユーザー入力:なし
AIサジェスト:なし
自動生成:無効

[ 警告 ]
投稿生成元:不明

レビュー件数:10024

同一本文、再受信。
同一本文、再受信。
同一本文、再受信。
投稿間隔:0.7秒

システム投稿制限。
結果:失敗

レビュー件数:10040
……
レビュー件数:10073

その直後。
システムは初めて、新しい文字列を受信する。

本文:
「九つ目は、席だ」

[ 添付画像解析 ]
席数:9
箸だけが置かれた席:1
人物検出:0

レビュー件数:10074


第26話:パターン一致

解析継続中。

照合先:地域資料断片(出典不明)

[ 照合処理 ]
一致候補:古文書断片

内容抜粋。
「七つ食い
 九つ座り
 十で数え
 十一が書く
 十二で戸を閉める——」

一致率:99.2%
分類:儀式パターン

同時刻、村の集会場。
掲示板の前に、老人が立っていた。
「あかりの唄か」
五線譜を指でなぞる。

「このあとが大事なんだ」

レビュー受信。

本文:
「十二番目は、誰か」

パターン一致率:100%
未登録パターン:残り1件
備考:一致理由の説明不能

追記:
未定義要素を、排除しない設計を、検討中


第五部:席の終わり

第27話:満席まで

[ 店内カメラ ]
皿数:9
人物検出:0

[ 店内カメラ(接写) ]
箸配置:9
湯気検出:0

同時刻。
外部カメラ
戸:閉鎖状態
灯り:点灯

[ 掲示板(外部撮影) ]
数え歌用紙:確認
最下行:空白

[ レビュー更新 ]
本文:
「まだ座ってない」

[ 店内カメラ ]
皿数:9→10→11
人物検出:0(変化なし)
湯気検出:0(継続)


第28話:十二で戸を閉める

[ 店内センサー(音声) ]
人声検出:0

[ 掲示板撮影(外部) ]
文字解析:
「……十二で戸を閉める」
最下行:空白

[ 店内カメラ ]
皿数:11→12
人物検出:0
戸:閉鎖確認

[ 掲示板撮影(再取得) ]
最下行:検出
「十三で席を立つ」

[ 外部カメラ ]
通行人検出:1
行動:戸確認
音声:「閉まってるな」

[ 掲示板撮影(外部) ]
掲示物:営業時間表
内容:
「営業 夕刻より
 満席まで」

[ 満席判定 ]
皿数:12
座席数:11
整合性:不明

[ 状態判定 ]
満席:該当
備考:空席 1


第六部:笑ったまま

第29話:影と声

[ 外部カメラ ]
時刻:00:13
戸:閉鎖状態
灯り:点灯

[ 窓面解析 ]
内部照度:高
影検出:1
位置:座席列中央
動作:なし
人物検出:0

[ レビュー更新 ]
本文:「まだ灯りついてる」

時刻:01:02
影:継続検出

時刻:02:11
位置:座席列端→0

[ 掲示板撮影(再取得) ]
最下行:検出
「十三で席を立つ」

[ 外部カメラ ]
影検出:0
人物検出:0
皿数:12

[ レビュー更新 ]
本文:「消えた」


第30話:最終ログ

[ 監視ログ ]
対象:鬼死骸食堂

時刻:04:58

[ 外部カメラ ]
戸:閉鎖状態
灯り:消灯

[ 窓面解析 ]
内部可視:低

[ 人物検出 ]
結果:0

[ 机上解析 ]
皿数:1

[ 外部カメラ ]
時刻:05:12

[ 窓面反射 ]
内部像:取得

[ 画像解析 ]
机上物体:なし

皿数推定:0

[ 状態判定 ]
満席:終了

[ レビュー監視ログ ]
総レビュー数:10255

[ 更新検出 ]
 なし

[ 掲示板撮影(外部)]
文字解析
 数え歌:確認
 「……十二で戸を閉める
 十三で席を立つ」

最下部追記:検出
 「十四で店を忘れる」

[ 外部カメラ ]
時刻:05:31

[ 通行人検出 ]
1

[ 行動解析 ]
看板視認:なし

[レビュー更新 ]
なし

[ 地図サービス監視 ]

[ 店舗情報 ]
検索結果:0

[ 監視ログ ]
対象:鬼死骸食堂

[ 対象再検索 ]
結果:該当なし
ログ終了条件:対象不明

[ 最終状態 ]
監視終了


最終話:鬼死骸食堂

夕暮れ。
山の影が、村に落ちてくる。
沢渡は、いつものように暖簾をくぐった。

「いらっしゃい」
娘の声は軽い。
油と出汁の匂い。
少し焦げた醤油の気配。

沢渡が、席に座る。
いつの間にか、娘が横に立っている。

「定食なら早いかな」
沢渡がいう。

「うちは全部遅い」
厨房から大将の大声がする。
沢渡は、頬を緩めて、
「じゃあ、それで」
「あいよ」

カウンターの端には、スーパーの女性。
背筋を伸ばして座っている。
冷酒をひと口。

奥で鍋が鳴る。
「だから味見したって!」
「減ってるだろ!」


ドアの鈴が、静かに鳴る。
「こんばんわ」
集会場の女性、映美。
にっこり笑って、入ってくる。

「いらっしゃい。あら、久しぶり」
娘の明るい声。
「どこでも、好きな席へどうぞ」

映美は、席に座る。
「定食、お願いします」

ふと、上着のポケットに手を入れる。
小さなメモが入っていた。
丸めた紙を広げる。
二小節だけの五線譜。

しばらく、それを見ている。

「どうかしましたか」
沢渡が声をかける。

「……いえ」
映美は少し首をかしげる。
紙を指で軽く叩いて、
「誰のだろうね」
「これ、捨てたはずなんですけどね」
紙を、ポケットに戻した。

定食が運ばれる。
湯気が、ゆっくりほどける。

ドアの鈴が、勢いよく鳴る。
「やってる、やってる!」
二人の男が入ってくる。
席につく前から、話が始まる。
鹿の話、町内会費、パチンコ、なぜかグルメサイト。
笑い声が、壁に当たって返ってくる。

カウンターの女性は、冷酒をひと口。
猪口を置く。小さな音。
口元がわずかに動く。
ほんの一瞬、鼻で息を漏らした。それだけ。

男たちは、目を合わせる。
何も言わない。

女性は最後のひと口を飲み干す。
小銭を置く音が、静かに響く。
「ごちそうさま」
小さな声。

暖簾が揺れる。
冷気が入る。
厨房で、鍋が鳴る。

男の一人が、ぼそっと言う。
「……明日も来るかな」
もう一人が肩をすくめる。
「さぁな」
すぐに、また鹿の話が始まる。

湯気が、まだ上がっている。

「ごちそうさま。今日も美味しかった」
映美の明るい声。
帰り際に、カウンターの写真に目が留まる。
「あら、ジュンちゃん。いつも美人ね」

娘、すぐに。
「うん、今も美人だよ」

カウンターの奥で、写真の女性が、油で曇ったまま笑っている。



この物語は、実在する岩手県一関市・旧鬼死骸村を舞台にした、
記録・神話・現代が織りなす物語の一編です。
この村には、フィクションでは作れない地形と歴史があります。
鬼死骸村の全体像は、【鬼死骸村探検隊】(ポータルページ)にて。
地図・動画・神話・怪異記録が重なっています。



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