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鬼死骸 Ⅰ|7つ盛りは鳴っている

この物語は、実在の土地・史跡を基にした
フィクションであり、神話であり、記録である。
一つの語りとしての記録である。
(鬼死骸村探検隊|実在する旧鬼死骸村を舞台にした物語)


<あらすじ>
岩手県一関市、旧・鬼死骸村。大武丸という蝦夷の長が討たれ、その復活の条件が この村の地形に封じられた——と、伝えられてきた。
情報工学の研究者・沢渡は、村を歩きながら気づく。石の配置、神社の位置、七つの盛り土の並び。これは、偶然ではない。そして、条件は今も、少しずつ揃いつつある。地名は、いつから「意味」になるのか。
実在の土地と史跡をもとにした、記録であり、神話である物語。

本編:約3,400文字


プロローグ

― 地名は、いつから“意味”になるのか ― 

鬼死骸(おにしがい)という地名を、
沢渡は、初めて聞いたとき、少し笑ってしまった。

 だが、その名を口にした地元の人間は、
誰一人として笑っていなかった。
「昔から、そう呼ばれてるだけです」
それ以上、誰も説明しなかった。

沢渡は、その沈黙のほうが、
地名よりもずっと重く感じられた。

――この村に、七つの盛り土がある。
人が作ったものだ。
だが、人の都合だけではない。
誰かが、何かを待つために並べた。
そういう並びだった。


第一章:鬼石

沢渡が、鬼石を初めて見たのは、
震災から数年後、春でも夏でもない、
季節の名前がつけにくい日の午後だった。

大きな岩だった。
説明するなら、それだけで十分だった。

だが、なぜか目を離せなかった。
「……妙ですね」
独り言のように呟いた声が、岩に吸い込まれた気がした。

石は、何も語らない。
だが、何も拒まない。

沢渡は、その沈黙に、
自分の視線が受け入れられていると感じた。


第二章:自称・鬼死骸村探検隊

「探検隊って、言うほど人数いないですよね」
ケンジは、半ば呆れ、半ば楽しそうに言った。

「うるさい。探検には、定義が必要なんだ!」
沢渡は、もっともらしいことを言いながら、
自分でもその言葉を信用していなかった。

実態は、一人では心細いから、
誰かを連れ回しているだけだ。
それでも、二人で歩くと、村は違って見えた。

説明できない違和感が、冗談に変換され、笑いに逃がされる。
ケンジは、そういう役割だった。

二人が、ゆるい坂を登った先、鬼死骸停留所跡がある。
古びたベンチと、色褪せた案内板。
もう、バスは来ない。

少女が座っていた。
ただ――
唄っていた。
小さな声で。
言葉ではない。
旋律とも言えない。
だが、耳に残る。

沢渡は、一瞬、目が合った気がする。

ケンジが、足を止める。
「……知ってる、この歌」
振り向いた時、少女はいなかった。

停留所跡には、風が吹いていた。


第三章:鹿嶋神社

鹿嶋神社は、思ったよりも小さかった。
立派ではない。
だが、手入れは行き届いている。
「封印、って言うと、もっとこう……
 禍々しい感じを想像しますよね」
ケンジの言葉に、沢渡は頷いた。

だが、本当に禍々しいものは、いつも静かだ。

狛犬の一体は、前足が欠けていた。
いつからかは、わからない。
条件は、静かに変わっていた。

それを見た瞬間、
沢渡は、理由もなく、胸の奥がざわついた。


第四章:七つ盛り

七つ盛りは、思ったよりも低かった。
盛り土は、人の背丈よりも少し高い程度で、
森の中に、等間隔ではない並びで存在していた。

「七つ、あるんですよね?」
ケンジが数えながら言う。
「あるはずだ」
沢渡は、一つ一つを、足で確かめるように歩いた。

配置は、不揃いだった。
だが、雑ではない。

「……これは、適当じゃない」

沢渡は呟いた。
人が作ったものだ。
だが、人の都合だけではない。
誰かが、何かを待つために並べた。
そういう並びだった。

そのとき、遠くで、かすかな声がした。

歌のようにも、風のようにも聞こえた。
振り向いたとき、そこには誰もいなかった。


第五章:豊吉

豊吉は、盗賊として記録されている。
村誌には、そう書かれている。

生きるためだったのか、欲に負けたのか、
それは、どこにも残っていない。
残っているのは、処刑解剖

沢渡は、豊吉の墓の前に立ち、しばらく動かなかった。

「悪い人だったんですかね」
ケンジが、ぽつりと聞いた。
「分からない」
沢渡は即答した。
「記録は、人を単純にする」

墓石の裏に、不自然な削り跡があった。
そこに、刺青の転写が隠されていた。
四肢に刻まれた、意味のない図柄。
だが、四つを重ねると、一つの場所を指していた。

「……守ろうとしたんだな」
沢渡は、そう呟いた。
それが、誰のためだったかは、分からない。

だが、情は、確かにあった。


第六章:古舘(要害城)

古舘は、見晴らしが良かった。
ここに城があったことは、地形が覚えている。

戦国の城主は、七つ盛りの異変に気づいた。
財宝を見つけ、城に隠した。

それは、
守るためだったのか、
奪うためだったのか。

だが、歴史は、勝った側の理由しか残さない。
城は、秀吉の命で消えた。
意味も、一緒に消えた。

その後、鉄塔が建った。

人は、同じ場所を、何度も使う。
理由が違っても。


記録されなかった会話

「わたしゃね、
 “おにしげぇ”に嫁げって言われた時、
 泣きたくなるほど、嫌だったんだよ」
九十を超えた祖母は、
笑いもせず、遠くも見ず、ただ、そう言った。

祖母は、お茶を一口、ゴクリと飲んで、
「昔はね、名前を言うと、
 それだけで話が終わることもあったさぁ」
そう言って、湯呑みを置いた。
「……もう、慣れちゃったけどね」
理由は続かなかった。

孫の嫁は、急須にお湯を入れながら、
「でも、今はいい名前ですよね。
 すぐ覚えちゃいました」
少し笑って言った。
「最初は、びっくりしたけど、
私は、それほどでもなかったけどなぁ」

祖母は、少し間を置いてから、小さく息を吐いた。
「あんたは、
 “そういう嫌”じゃないんだろ」

孫の嫁は、答えなかった。
違うとも、同じとも言わなかった。

向かいに座っていた男は、
何も言わず、箸を置いただけだった。

その沈黙を、誰も変だとは思わなかった。

縁側の下で、砂利が一つ、
音になりきらない音を揺らした。


第七章:響子

響子は、善意で動いていた。
それは、疑いようがなかった。

枯れかけていた水路を修理し、
通信網を張り巡らせ、
余剰電力が生じよう循環を最適化した。

村人は、彼女を歓迎した。
「助かります」
「便利になりました」
感謝の言葉が、日常になった。

だが、沢渡は、違和感を覚えた。
「選択肢が、減っている」

便利になるほど、考えなくなる。
考えなくなるほど、条件は揃う。

響子は、それを理解していた。
理解した上で、止めなかった。


第八章:条件は揃う

呪文は、唱えられなかった。
誰も、何も言っていない。

だが――
音は、揃った。
距離、配置、時間、人の行動。

七つ盛りは、鳴った。
人の声帯に近い、低い共鳴。

誰かが歌っているように、聞こえた。

だが、歌っている人はいなかった。

沢渡は、その場に立ち止まったまま、
何かを言おうとして、やめた。
言葉にした瞬間、
それが何であったかを、決めてしまう気がした。


第九章:分岐する村

村人は、選んだ。

何も変えない人。
受け入れる人。
距離を取る人。

響子の計画は、強制ではなかった。
それが、もっとも危険だった。

沢渡は、止めなかった。

止める権利が、自分にあるとは思えなかった。


第十章:あかりのいない日


その日、あかりはいなかった。

誰も、気づかなかった。

だが、七つ盛りは鳴らなかった。

条件が、一つ欠けていた。
それだけのことだ。


第十一章:鬼死骸

鬼死骸という名前は、意味を取り戻した。

それは、恐怖ではなかった。
忘れていたものを、
思い出すための名前だった。


最終章:沈黙は、続く

沢渡は、答えを出さなかった。
それでよかった。

答えは、誰かが決めるものではない。

条件が、揃ったとき、
世界は、勝手に動く。

鬼死骸村は、
今日も、静かだった。


諸説はあるが、
以後の記録は確認されていない。

ただし、参照は継続している。

最も古い記録が、
現在も参照されている。


編纂後記

私には、この村の出来事を客観的に書き記してくれる友人はいない。
誰も記録しなければ、すべては地名と共に摩耗し、消えていくだけだ。
だから、鬼死骸村で起きた出来事は、自分自身で記録することにした。

ここに書かれていることは、証言でも、報告書でも、物語でもない。
せいぜい、私が見たもの、聞いたもの、あるいは「見たと思い込んだもの」の断片だ。

鬼死骸村では、出来事はいつも、起きた瞬間から少しずつ形を変えている。
同じ話を、三人に尋ねれば、三通りの年月と、四つの結末が返ってくる。
誰も嘘をついていないのに、誰の話も、完全には一致しない。

私が記録を始めた理由も、真実を残すためではない。
むしろ逆で、忘れられていく過程そのものを、書き留めておきたかった。

ここに登場する名前や出来事は、すでに村の中では、別の呼び方をされているかもしれない。
あるいは、最初から存在しなかった、ということになっている可能性もある。

それでも、この記録が完全でないことだけは、あらかじめ断っておく。
なぜなら、鬼死骸村では、
「書かれなかった部分」にこそ、いちばん長く残るものがあるから。

もし、この先を読み進めて、意味のつながらない箇所や、説明の抜け落ちた場面に出会ったなら、それは誤りではない。
鬼死骸村では、そうした空白こそが、もっとも正確な記述だからだ。

——以上が、
私にできる、唯一の後書き。

          沢渡


この物語は、実在する岩手県一関市・旧鬼死骸村を舞台にした、
記録・神話・現代が織りなす物語の一編です。
この村には、フィクションでは作れない地形と歴史があります。
鬼死骸村の全体像は、【鬼死骸村探検隊】(ポータルページ)にて。
地図・動画・神話・怪異記録が重なっています。



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