鬼死骸|名を持たない夜
この物語は、実在の土地・史跡を基にした
フィクションであり、神話であり、記録である。
一つの語りとしての記録である。
(鬼死骸村探検隊|実在する旧鬼死骸村を舞台にした物語)
前夜
名は、まだなかった。
川は夜の中で音を失い、石だけが冷えていた。
火は焚かれていない。獣に知られるからではない。
ただ、必要がなかった。
男は岩のそばに座り、濡れた草の匂いを嗅いでいた。
ここでは、風が少し遅れて届く。
山が言葉を選んでいるような間があった。
誰かに呼ばれたわけではない。
逃げてきたのでもない。
ただ、歩いてきて、ここで止まった。
それだけだ。
遠くで、鹿が鳴いた。
音は一度、割れ、もう一度、同じ形で戻ってきた。
男はそれを聞いていない。
足元の土に、古い盛り上がりがあった。
不自然なほど丸く、だが誰も手を加えていない形。
男は掘らない。
掘る理由が、まだ存在していないからだ。
夜は深く、星は数を減らしていく。
数える者がいなければ、数は意味を持たない。
男は岩に背を預け、目を閉じた。
夢は見なかった。
代わりに、身体がわずかに揺れた。
鳴った、とは言えない。
だが、止まってもいなかった。
土の下で、何かが条件を待っている。
それを知る者は、まだいない。
名を与えられる前の夜。
英雄になる前の沈黙。
鬼と呼ばれる前の、ただの体温。
夜は、何も起こさなかった。
だが、起こらなかったという事実だけが、確かに残った。
そしてそれは、千年後にも、同じ形で参照されることになる。
ただし、その時も、誰も「原因」とは呼ばない。
関連作品:鬼死骸Ⅲ|大武丸神話
この物語は、実在する岩手県一関市・旧鬼死骸村を舞台にした、
記録・神話・現代が織りなす物語の一編です。
この村には、フィクションでは作れない地形と歴史があります。
鬼死骸村の全体像は、【鬼死骸村探検隊】(ポータルページ)にて。
地図・動画・神話・怪異記録が重なっています。
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