今日も、いる|鬼死骸食堂
この物語は、実在の土地・史跡を基にした
フィクションであり、神話であり、記録である。
一つの語りとしての記録である。
(鬼死骸村探検隊|実在する旧鬼死骸村を舞台にした物語)
見ている人間が、いる。
岩手県、旧・鬼死骸村。
今日も、いる。
昼食の時間が終わった頃。
食堂の暖簾が揺れた。
沢渡が入ってくる。
「いらっしゃい」
娘のいつもの声。
テレビでは、午後のワイドショーが、誰かの不倫を騒いでいた。
厨房から、包丁の音がする。
奥の席では、常連が一人、新聞を広げたまま寝ていた。
「奥、いいかい」
沢渡が聞く。
「おう。好きに使ってくれ」
大将の声。
沢渡は、ノートパソコンを片手に、奥のテーブルに座る。
時折、キーボードの音が響く。
しばらくして、
テレビが、夕方のニュースに変わっていた。
沢渡は、ふと、キーボードを打つ手を止めた。
ザックを背負ったままの小柄な女性が、
紅潮した顔で、水を一気飲みしていた。
二杯目も、止まらなかった。
山か。
そう思った。
それ以上は、考えなかった。
また、キーボードの音が響きだした。
徐々に常連が入ってくる。
テレビの音。
笑い声。
誰かの長靴の音。
常連の笑い声が少し小さくなった気がした。
沢渡は、カウンターの方を見た。
カウンターの端に、一人の女性が、静かに座っていた。
暖簾が揺れ、駐在が入ってきた。
「いらっしゃい」
娘の声。
「今日も、賑やかだね」
「奥のテーブルなら空いてるよ」
娘のいそがしそうな声。
駐在は、奥のテーブルに向かう。
沢渡の横に立って、駐在が聞いた。
「ここいいですか」
「はい、どうぞ」
「あのー。定食ください」
沢渡が思い出したように、
「私も定食」
「あいよ。定食二つ」
厨房から、大将の声。
「お仕事ですか?」
「研究室より、ここの方が捗るんですよ」
「大学にいると、学生が来て、仕事にならなくて」
「でも、ここだと、集中できないじゃないですか」
駐在が笑う。
「そのくらいが、ちょうどいいんです」
定食が運ばれてきた。
二人で食べ始める。
賑やかになってきた。
笑い声。
あの女性の声が、大きくなっていた。
沢渡は、湯飲みに口をつけた。
突然、大将の声がする。
「おい、駐在。送っていってやれ」
駐在は、慌てて立ち上がる。
「ええ! 俺ですか!」
「そうだ。市民の安全を守るのが役目だろ」
大将がいう。
「ご苦労様」
沢渡が声をかける。
駐在が、泥酔した女性を抱えている。
泥酔した女性と、スーツ姿の男が話してるのが見えた。
スーツ姿の男は、少し顔をしかめて苦笑いしている。
紙袋を丁寧に扱っていた。
酒のようだ。
しばらくして、スーツ姿の男の声がした。
「新幹線、乗り遅れちゃってね」
「そうか」
大将は、それだけ言った。
「もう、そんな時間だったか」
沢渡は、呟く。
ノートパソコンを閉じた。
気づけば、
店の騒がしさが、少しだけ変わっていた。
スーツ姿の男が、常連たちに囲まれて酒を飲んでいる。
笑い声。
グラスの音。
誰かが、勝手に人のつまみを食べている。
その様子を少し眺めた。
沢渡は、立ち上がる。
「大将。ありがとう。ごちそうさま」
「おお」
ふと、カウンターの端の写真が目に入る。
写真の女性は、少しだけ笑って見えた。
沢渡は、視線を外した。
沢渡は、食堂を出る。
暖簾が風に揺れていた。
早朝。
沢渡は、食堂の前を車で通りかかる。
路肩に見かけぬ車が止まっていた。
食堂の前。
昨夜のスーツ姿の男が食堂から出てくるところ。
「昨夜の男。泊まったのか」
見知らぬ男が店の前で、暖簾を見ている。
沢渡は、そのまま通り過ぎた。
夜。
食堂の暖簾が揺れる。
沢渡が入ってきた。
映美とケンジがカウンターに座っていた。
沢渡は、その隣に座った。
「また、三人揃いましたね」
娘が言う。
「そうだな」
ケンジが笑いながら言った。
沢渡は、黙って味噌汁を啜った。
しばらく、誰も喋らなかった。
写真の女性は、笑っていた。
外では、山から降りてきた風が、暖簾を揺らしていた。
食堂の前に、あかりが立っていた。
店の灯りを、じっと見ている。
しばらくして、小さく呟く。
「……今日も、いる」
暖簾が揺れる。
あかりは、来た道を戻っていった。
この物語は、実在する岩手県一関市・旧鬼死骸村を舞台にした、
記録・神話・現代が織りなす物語の一編です。
この村には、フィクションでは作れない地形と歴史があります。
鬼死骸村の全体像は、【鬼死骸村探検隊】(ポータルページ)にて。
地図・動画・神話・怪異記録が重なっています。
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