IBM PC の台頭と「互換機」文化の広がり - - パソコン黎明期の記憶
始まりは、ある「急ぎ仕事」だった
今の私たちが、DELLのPCでMicrosoftのExcelを使い、ロジクールのマウスを動かす。そんな当たり前の風景は、実は40年以上前に起きた、ある「妥協」から始まっています。
かつてコンピュータは、その会社専用の特別な機械でした。
他社用のソフトや周辺機器は使うことができない、互いに相容れない閉じた王国のような状態だったのです。
ところが1981年、当時コンピュータ界の絶対君主だったIBMが、重い腰を上げて個人向け市場に参入します。
驚くべきことに、彼らは時間がなかったために、自社技術を封印して「どこにでもある部品」を寄せ集めて一台のPCを作り上げたのです。
これが、今の私たちのデジタルライフを形作る、壮大な物語のプロローグとなるのです。
寄せ集めの魔法:IBM PCの正体
IBMが発表した「Model 5150」は、その中身を知る人が見れば、拍子抜けするほど「普通」の構成でした。
CPUはインテルから買い、OSはまだ若かったビル・ゲイツ率いるマイクロソフトに外注したのです。
この「ありもの」を使う戦略は、当時のIBMにとってはプライドを捨てた苦肉の策でしたが、結果として歴史を動かしました。
IBMは設計図を公開し、誰もが周辺機器を作れるようにしたのです。拡張スロットに好きなカードを差し込めば、機能がどんどん増えていく。この「オープン」な手触りが、熱狂的な開発者たちを呼び寄せました。
かつての大型計算機が持っていた重厚な鉄の扉が、不意に開け放たれた瞬間でもありました。
互換機文化が広げた、制御不能な地図
「IBM 5150」は、その高い信頼性と「IBM」というブランド力で、瞬く間にオフィスへと浸透しました。
しかし、このオープン戦略こそが、IBM自身のコントロールを失わせる「パンドラの箱」となったのです。
IBMの予想を超えて、世界は奇妙な方向へ進み始めます。
設計図が公開されているなら、本家と同じように動く機械を自分たちで作ってもいいのではないか。そんな野心を持つ者たちが現れました。
これが「互換機」文化の始まりです。
法律の隙間を縫う「クリーンルーム」の知恵
コピー品を作る際、最大の壁は「BIOS」という基本プログラムでした。これだけは著作権で守られていたからです。
そこでコンパックのような企業は、非常に巧妙な手法を採りました。
IBMのコードを一度も見たことがないエンジニアを集め、「これこれこういう動きをするプログラムを作れ」という指示書だけで、合法的に中身を再現させたのです。
これは「クリーンルーム手法」と呼ばれ、法を犯さずに「本家より安くて高性能なマシン」を生む道筋を作りました。
主導権の逆転と「Wintel」の台頭
互換機が市場を埋め尽くすと、面白い現象が起きました。
消費者は「IBMの箱」が欲しいのではなく、「IBM用のソフトが動く安い箱」を求め始めたのです。
こうなると、ハードウェアを作る会社はどこでもよくなります。
重要だったのは、その中で動くマイクロソフトのOSと、インテルのCPUでした。いわゆる「Wintel(Windows + Intel)」時代の幕開けです。
かつての主役だったIBMは、自分たちが広げた土俵の上で、いつの間にか脇役へと追いやられていきました。
競争がもたらした、技術の安売り
互換機メーカー同士が激しい競争を繰り広げたことで、PCの価格は劇的に下がり、性能は飛躍的に向上しました。
「もっと綺麗なグラフィックを」「もっと速い通信を」という要求に応えて、ビデオカードやサウンドカードといった周辺機器が独自の進化を遂げ、今の自作PC文化へと繋がる豊かな生態系が出来上がったのです。
この「競争」という名のエネルギーが、コンピュータを一部のエリートの道具から、誰でも買える家電へと変貌させました。
巨人が残した最大の遺産
IBM PCの登場から40年以上。今やIBM自身はPC事業を手放していますが、彼らが作った「共通の土台」は今も生きています。
IBMの誤算は、ハードウェアの覇権を失ったことかもしれません。しかし、そのおかげで特定の企業に縛られない「PCプラットフォーム」という公共財が生まれました。
もしIBMがすべてを独占していたら、ITの進化はもっと遅れていたのかもしれません。
私たちが今、指先一つで世界と繋がることができるのは、かつて巨人があえて「秘密を明かした」からなのです。
書籍の紹介
・闘うプログラマー[新装版] ビル・ゲイツの野望を担った男達 Kindle版
G パスカル ザカリー (著), 山岡 洋一 (翻訳)
日経BP; 第1版 (2009/7/27)
1980年代にMS-DOSをもってデスクトップ型のパソコン市場を制したマイクロソフト社は、90年代、高性能コンピューターのための「本物」のオペレーティング・システムを開発するプロジェクトを立ち上げます。本書は、同社の世界戦略を担ったOS「ウィンドウズNT」の開発物語です。ウィンドウズNTは後にウィンドウズXPの基盤となり、信頼性の高いOSとして世界中のユーザーに使われることになります。
( ※ 書籍の解説等は原則としてリンク先(Amazon)における解説をベースに記載しています。詳細内容はリンク先を参照願います。)
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