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「ナイター」、 残業と白球のあいだに流れる夜の昭和史 - - 言葉遊びの遊悠エッセイ

 本場アメリカのスタジアムで、意気揚々と「アイ・ラブ・ナイター!」と言っても、おそらく怪訝な顔をされるだけでしょう。
 それもそのはず、ナイターは日本生まれの純国産な和製英語。直訳すれば「夜の人」。私たちは夜な夜な、スタジアムへ「夜の人」を観に集まっていたことになるのです。

 夜を意味する「night」に、人を表す「-er」が付いている。そのまま読めば、ただの「夜の人」です。私たちは夜、スタジアムに「夜の人」という名の謎の生命体を観に行っているのでしょうか。そんなわけはありません。
 ご存知の人も多いかもしれませんが、ナイターは本場アメリカには存在しない。向こうではシンプルに「night game」と呼ぶのです。


 この言葉を編み出したのは、1950年の日本。全日本軟式野球連盟の理事長だった伊勢川幾蔵氏という人物が、夜間試合の呼び名として考案したのが始まり。民放ラジオの電波に乗って、その響きはまたたく間に戦後復興へ向かう日本人の心を捉えたのです。

 ここで少し、へそ曲がりな妄想に付き合ってください。
 英語圏にも、実は「nighter」という単語自体はひっそりと存在している。ただし、単体ではほぼ使われません。彼らが使うのは決まって「all-nighter」、つまり「徹夜」や「徹夜仕事」という意味の言葉なのです。

 もしも、当時の日本人がその裏の意味をうっすらと知っていたとしたら、どうでしょう。
 昼間は上司の小言に耐えて、汗水垂らして働く。夜になっても「オールナイター(徹夜仕事)」という現実が背後に迫っているモーレツ社員たち。彼らが夜のスタジアムの眩い光を見上げて、「おい、あっちの『ナイター』は楽しそうじゃないか。俺たちの『ナイター(残業)』と、今夜だけでも交換してくれよ」なんて、自虐混じりの言葉遊びをしていたとしたら。
 そう考えると、このおかしな和製英語が、急に猛烈な哀愁を帯びて迫ってくるのです。

 昭和の高度経済成長期、夜間照明は「カクテル光線」と呼ばれました。昼間の太陽とは違う、人工的で妖艶な光。仕事帰りのビジネスマンにとって、それは日常の重圧からの一時避難所であり、大人のための秘密基地でした。冷えたビールを煽り、贔屓のチームの勝敗に一喜一憂。なんとか明日の活力を組み立てる。彼らにとってのナイターは、単なる野球の試合ではなく、夜という時間を自分の手に取り戻すための儀式だったのかもしれません。

 時代は流れ、今の私たちは野球以外でもこの言葉を使うようになりました。
 スキー場のナイター営業、きらびやかなナイター競馬。それだけならいいのですが、深夜になっても明かりが煌々と灯るオフィスビルを見上げて、「あの会社、今日も絶賛ナイター営業中だな」なんて呟く瞬間があるのです。
 皮肉なことに、言葉の生まれ故郷であるアメリカの「all-nighter(徹夜仕事)」の意味へと、日本のナイターが何十年もの時を経て先祖返りしているような気がして、なんだか可笑しく、そして少し切ないものです。

 昼間のオフィスという現実を戦い抜いた人間だけが、夜の帳に灯る光のありがたさを知っています。「ナイター(夜の人)」とは、何もグラウンドで白球を追いかけるスター選手たちのことだけではありません。
 デスクの蛍光灯の下で、あるいは帰りの満員電車の片隅で、それぞれの夜を懸命に生きている私たちビジネスマン全員が、紛れもない「ナイター」なのです。

 今夜もどこかで、小さなカクテル光線が灯っています。
 勝っても負けても、あるいは残業が長引いたとしても、私たちはまた明日の昼を戦うために、それぞれの夜を乗りこなしていくのです。
 ネクタイをもう少しだけ緩めて、さて、今夜はどこのナイターを眺めに行きましょうか。


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