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正月の神様は「午」の背に乗って、静止した時間を駆け抜ける- - 歳時記の遊悠エッセイ

 玄関先にある門松や、リビングに鎮座する鏡餅。
 あれを単なる「季節の飾り」ではないのです。

 民俗学的な眼鏡をかけて覗いてみれば、あれは一種の「着陸灯」なのかもしれません。宇宙のどこか、あるいは海の彼方の常世からやってくる「年神様」という名の異邦人を、迷わず家へ招き入れるための目印。いわば新春のGPSなのです。

 私たちは毎年、誰に教わったわけでもなく、見えない存在のために滑走路を整備しているわけです。
 そう考えると、年末の大掃除も「義務」ではなく「歓迎の準備」という、もう少し誇らしい作業に思えてきませんか。


 歳時記と聞くと、どこか古めかしい、書棚の奥に眠る古本のようなイメージを持つかもしれません。
 しかしその本質はもっと血の通った、泥臭いまでの「生への執着」に満ちています。
 かつての人々にとって、新しい年を迎えることは、すり減った魂を新品に取り替える儀式でした。

 例えば、お年玉。
 今でこそポチ袋に入った現金が主役ですが、もとは「年神様の魂」を象徴するお餅を分け与えたのが始まりだったのです。

 一年の生命力を分けてもらう。

 お屠蘇を飲むのも、体内に溜まった邪気を洗い流し、エンジンオイルを交換するようなものです。
 私たちは年始という句読点を使って、一度人生をリセットして再び「生」を起動させている。歳時記に記された行事のひとつひとつは、そんな再生のためのマニュアルだったのです。


 ここで、十二支の話をしましょうか。

 今年は午年です。
 少し空を見上げてみてください。
 あるいは、古い漢字の辞書を開いてください。

 実は「午」という文字は、もともとは動物の馬とは何の関係もありませんでした。
 漢字の成り立ちを遡ると、そこにあるのは馬の姿ではなく、一本の「杵」なのです。お餅をつく、あの重厚な木の道具です。

 なぜ杵なのか。
 それは、この文字が「突き当たる」ことを意味していたからです。
 上下から力がぶつかり合い、エネルギーが充填される様子。
 季節でいえば陽気が極まり、陰気が兆し始める。
 つまり、世界のエネルギーが最大出力に達して、一瞬だけ「均衡」して止まるような、そんな劇的な瞬間を指していました。

 方位でいえば真南、時間でいえば正午。
 影が最も短くなり、太陽が天の頂点で静止する。
 その張り詰めたような、しかし爆発寸前のエネルギーを、古代の人々は何かに例えようとしたのでしょう。
 そこで選ばれたのが、地上で最も力強く、制御しがたい生命の象徴、すなわち「馬」だったのです。

 言ってみれば、午年とは「馬という動物の年」である以上に、「太陽のエネルギーが馬のように荒ぶり、世界を突き動かす年」なのかもしれません。

 私たちは文字の形に騙されているようでいて、実はその奥にある、もっと根源的な熱量を、馬というイメージを借りて受け取っているわけです。

 なんだか、いつもの干支が少しだけワイルドに見えてきませんか。


 歴史を紐解くと、さらに面白い光景に出会います。

 昔の貴族たちは、正月の七日に「白馬節会」といって、二十一頭もの馬を眺める儀式を行っていました。

 なぜ眺めるだけなのか。
 それは、春の訪れとともに動き出す邪気を、馬の持つ圧倒的な「陽の気」で踏み殺して、追い払うためだったといいます。

 馬は神様の乗り物でもありました。
 絵馬の風習が残っているのも、かつて本物の生きた馬を神社に奉納していた名残なのです。

 神様は、馬の背に揺られてやってくる。
 それも、おとなしいポニーではなく、運命を切り拓くような、筋肉の躍動する荒駒に乗って。

 こうして考えてみると、年始の歳時記とは、私たちが時間に置いていかれないための「杭」のようなものかもしれません。流れていってしまう毎日に、門松を立てて、馬を思い描き、お餅を食べることで、強引に「今、ここ」という印をつける。


 午年という時間は、きっと私たちに「跳ねること」を要求してくることでしょう。
 それは単なる忙しさではなく、あの正午の太陽のような、静かだけれど強烈なエネルギーを持って生きるということ。

 次に馬の置物を見かけたり、正午のチャイムを聞いたりしたとき、思い出してみてください。あなたのすぐそばを、目に見えない神様が、銀色の馬に跨って駆け抜けていったかもしれないことを。
 そして、あなたの魂は、その蹄の音を聞くたびに、少しずつ新しく書き換えられているのだということを。

 さて、新しい一年の滑走路は、もう十分に整っているようです。
 あとは、心の中にいる野生の一頭を、どの方向へ走らせるか。
 それだけを決めて、ゆっくりと歩き出せばいいのです。


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